日本の四季が生み出す豊かな味覚、そのひとつにさくらんぼがあります。収穫期の短さゆえに、旬の瞬間を逃すことなく味わいたいと思う果物ファンは多いでしょう。日本には各地に独自の気候と土壌がもたらす最高品質のさくらんぼの産地が点在しており、それぞれの地域で異なる味わいを堪能できます。本記事では、そんなさくらんぼの名産地を巡り、特に味と品質にこだわった果実を求める旅の魅力を紹介します。
チェリー
山々に包まれた地で、丹精込めて育てられる日本屈指のさくらんぼ。鮮やかな赤に色づいた小さな果実が、山形に初夏を告げます。
真紅のさくらんぼ
さくらんぼは、山形を代表する味覚。日本国内でトップの生産量を誇り、国内シェアの7割を占めます。東根市、天童市、寒河江市といった地域を中心に、壮大な山々を背景にさくらんぼ畑が広がっています。
山形でのさくらんぼ栽培は明治8年に始まりました。全国規模で栽培が試みられましたが、成功したのは山形県とその周辺地域に限られ、その大きな理由は気候でした。さくらんぼは雨に弱いため、四方を山に囲まれた山形の乾いた梅雨が、絶好の環境を提供したのです。かつては缶詰用としての栽培が主流だったと言います。
現在、最も人気のある品種は「佐藤錦」です。黄色と紅色が混ざり合う美しい外観、甘さと酸味の絶妙なバランスが人々を魅了しています。この品種を生み出したのは東根市の佐藤栄助氏。彼は、家業の醤油醸造を果樹栽培に転換し、甘く生食に適したさくらんぼを関東方面に出荷することを考えました。
「佐藤錦」を育てた佐藤栄助氏
佐藤氏が注目したのは、缶詰用として一般的だった「ナポレオン」と、味が良いが傷みやすい「黄玉」。交配開始から10年を経て初めて実ったのは大正11年で、さらにその2年後には原木を特定。昭和3年には、親友の苗木商・岡田東作氏により名付けられた「佐藤錦」として市場に送り出しました。佐藤錦のデビューは、山形がさくらんぼのトップ産地として躍進する転機となり、その実績は100年経った今も続いています。
昭和の終わりから平成にかけ、多くの新たな品種が登場しました。ジューシーで爽やかな甘さが特徴の「南陽」、甘酸っぱく赤肉の「紅さやか」、甘味が濃くしっかりした果肉の「紅秀峰」、味が濃厚で大粒の「紅てまり」、鮮やかな赤色が魅力の「紅きらり」、果汁豊富な早生種「紅ゆたか」など。そして、注目の新星「やまがた紅王」は、華やかな紅色と大きな実が魅力で、令和5年度の本格的なデビューに期待が寄せられています。
「やまがた紅王」のデビュー
さくらんぼ栽培は、生産者の絶え間ない努力の結晶です。厳冬期には、積雪で枝が折れないよう、丹念に雪を払います。2月頃には、日当たりや風通しを改善するための剪定作業が始まります。3月には、手作業で花芽を間引き、各枝や樹一本一本を丁寧に管理し、経験が求められる作業です。
4月になると、ミツバチやマルハナバチが受粉を手伝いますが、気温が十分でない場合は毛ばたきを使って人が手を加えます。5月には実がつき、サイズや形、傷などを見て良質なものを残す摘果作業が行われます。雨よけや防鳥ネットを用いて果実を守り、色づきを待ちます。
収穫期となる5月下旬から7月にかけては、農家の繁忙期です。涼しいうちに素早く慎重に収穫し、大きさの均一化と輸送中の傷を防ぐための工夫が凝らされた箱詰めの技術が活かされます。
こうして手間暇をかけた山形のさくらんぼは、多くの人の手を経て全国に届けられます。
収穫の様子
さくらんぼシーズンには、地元の直売所が賑わいを見せます。新鮮なさくらんぼが店頭にずらりと並び、待ち望んでいた客たちが訪れます。毎年、同じ農園のさくらんぼを求める常連客も少なくありません。
さらに、果樹園でのさくらんぼ狩りも人気です。目の前に広がるたわわなさくらんぼを見れば心が踊り、完熟の実を自分で収穫してその場で味わう楽しさがあります。品種ごとの味や食感を楽しみ、スタッフとの会話を弾ませながら、素晴らしい思い出ができるでしょう。最近では、カフェを併設した農園もあり、たっぷりのさくらんぼを使ったパフェやソフトクリームが楽しめます。
山形のさくらんぼは、その地の利と人々の情熱が育んだ赤い宝石。開けた瞬間に驚きの声が上がり、一口食べれば笑顔が広がります。夏の到来とともに、多くの人々の心を彩る山形の証です。
贈答用のさくらんぼ

ちょっとした情報
東北で最大級のさくらんぼテーマパーク
「チェリーランド」として知られる道の駅寒河江は、東北地方でも有数の規模を誇るさくらんぼをテーマにしたパークです。敷地内にはレストランや物産館があり、さらに「さくらんぼ会館」もあります。ここでは、さくらんぼの歴史や栽培についての展示を行っており、シーズン中にはさくらんぼ狩りの受付カウンターも設けられます。家族や友人と共に、日本一と称されるさくらんぼを存分に楽しんでみてはいかがでしょうか。