新緑が目に鮮やかな季節、香り高い新茶の便りが届き始めます。しかし、茶摘みの時期は新茶だけではありません。春から秋にかけて、一番茶、二番茶、三番茶(または晩茶)と、それぞれの季節で異なる魅力を持つ茶葉が収穫されます。それぞれの茶葉は、気候や日照時間といった自然条件、そして茶農家の方々の丁寧な手入れによって、独自の風味と特徴を育みます。この記事では、茶摘みの時期ごとの茶葉の違いに焦点を当て、新茶から晩茶まで、それぞれの季節が織りなすお茶の奥深い世界をご紹介します。
お茶の栽培:一年を通じた茶園管理
お茶の品質は、一年を通して行われる丁寧な管理によって大きく左右されます。茶摘みの時期は、地域や品種によって異なりますが、一般的に年に数回あり、一番茶、二番茶、三番茶と区別されます。それぞれの時期に収穫される茶葉は異なる特徴を持ち、それぞれに適した加工方法が用いられます。
一番茶(新茶):茶摘み最盛期
一番茶は、その年の最初に芽吹いた新芽を摘んで作られるお茶で、4月下旬から5月上旬にかけて最盛期を迎えます。この時期は、唱歌「茶摘」にも歌われている「夏も近づく八十八夜」にあたり、立春から数えて88日目頃です。柔らかく、香り高く、栄養豊富な新芽を求めて、生産者は日の出と共に茶畑に入り、丁寧に摘み取ります。
手摘みでは、一般的に「一芯二葉摘み」という、一番先端の芽とその下の2枚の葉だけを摘む方法が用いられます。これは、新芽の最も美味しい部分だけを選んで収穫するための技術です。しかし、新芽の成長は非常に速いため、摘採機も利用して効率的に茶摘みを行う場合もあります。シーズン最初に手摘みされる「大走り」は、特に希少価値が高く、縁起物として珍重されることもあります。
二番茶:成長が加速する夏の茶葉
二番茶は、一番茶を摘み取った後に伸びてくる新しい芽を収穫したもので、6月中旬から7月上旬にかけて摘採されます。この時期は気温が上昇するため、新芽の成長速度も速まります。
二番茶の摘採では、乗用型摘採機が利用されるのが一般的です。
三番茶:カテキン豊富な夏の恵み
三番茶は、7月下旬から8月上旬にかけて収穫されます。夏の強い日差しを浴びて育つため、カテキンを豊富に含み、苦味や渋味が強くなるのが特徴です。ただし、茶樹を夏の暑さから守るため、三番茶の摘採は茶樹の生育状態が良い茶園に限定して行われることが重要です。二番茶や三番茶は、ほうじ茶の原料、ペットボトル飲料、粉末茶などの原料として利用されています。
休眠期の管理:冬の土づくりと茶草場農法
冬は茶樹が休む時期。2月頃から肥料を与え、土づくりを始めます。静岡の伝統的な農法である「茶草場農法」(2013年世界農業遺産認定)では、秋に茶園周辺の草地「茶草場」でススキやササを刈り、乾燥させて細かく刻み、晩秋から冬にかけて茶畑の畝間に敷き詰めます。
ススキは時間をかけて土に還り、土壌を柔らかくします。この土で茶樹の根元を覆うことで、樹勢が向上し、風味豊かなお茶が育つとされています。刈り取られた草が束ねられ、天日干しされている風景は、静岡ならではの情景です。
年間を通じた茶樹の手入れと土づくり
一年を通して、茶樹の生育状況を確認しながら、枝の剪定や刈り込みを行い、樹勢を保ちます。また、魚粉などの有機質肥料やミネラルをバランス良く配合し、茶園の土壌を改良することで、病害虫に強い健康な茶樹を育てます。
苗を植えてから約5年で茶葉の収穫が可能になりますが、数年に一度は樹をリフレッシュさせるために、根元から剪定を行います。このように丁寧に手入れをすることで、20年から30年もの間、新鮮な茶葉を収穫することができます。
深蒸し茶の製造工程:荒茶から仕上げ茶へ
茶園で摘まれた茶葉は、蒸して揉んだ後、乾燥させることで「荒茶」となります。荒茶の段階では形状やサイズが不均一で、茎なども混ざっているため、その後、形状やサイズを均一に整える仕上げの工程を経て「仕上げ茶」となります。ここでは、荒茶と仕上げ茶それぞれの加工工程を紹介します。
荒茶の製造工程(一次加工):蒸しと揉み
荒茶の製造工程は、まず生葉を蒸気で蒸すことから始まります。この工程は、お茶の品質や風味を大きく左右する重要な工程です。一般的な煎茶は約30秒から60秒蒸しますが、深蒸し茶の場合は120秒前後蒸します。蒸し終わった葉は、風を当てて表面の水分を取り除きながら冷却します。
次に、温風を送り込みながら、摩擦を加えながら揉みます(粗揉)。その後、茶葉全体の水分を均一にするため、茶葉をまとめて圧力を加えながら揉みます(揉捻)。再び温風を送りながら揉み込み(中揉)、お茶の形状を整えるために、手揉みと同様に一定方向に力を加えて揉み込みます(精揉)。
最後に、茶葉の水分量を約5パーセント程度まで下げるために、温風乾燥を行います。この工程によって、茶葉は長期保存が可能になり、お茶特有の香味が生まれます。深蒸し茶の場合、茶葉が細かくなるため、熟練の茶師が形状をチェックし、仕上がりを調整します。旨味を凝縮させ、お湯を注いだ際に最適な状態になるように見極めるのは、職人の経験と技術によるものです。
仕上げ茶の製造工程(二次加工):選別とブレンド
荒茶は、葉の大きさや形状が均一ではありません。そのため、ふるい分けによって選別を行い、必要に応じて切断し、形状を整えます。次に、お茶の風味を大きく左右する焙煎を行います。焙煎時間や職人の技術によって、多様な風味が引き出されます。
形状を整え、焙煎を終えた茶葉は、風味を均一化するためにブレンドされます。完成した製品は、品質管理責任者による官能検査を受け、品質が厳しくチェックされます。さらに、研究室では茶葉の成分分析、微生物検査、放射能検査などが徹底的に行われ、全ての検査基準を満たした製品のみが消費者のもとへ届けられます。
八十八夜とは:お茶摘みとの深い関係
八十八夜とは、暦の上で立春から数えて88日目に当たる日のことで、毎年日付は変動しますが、おおむね5月初旬頃に巡ってきます。例えば、2025年の八十八夜は5月1日(木)です。この日は、季節の移り変わりを示す「雑節」の一つであり、節分や彼岸、土用などと同様に、人々の暮らしや農作業と密接に結びついてきました。
八十八夜の「夜」という文字は、かつて用いられていた太陰太陽暦、つまり月の満ち欠けと太陽の動きを組み合わせた暦が、夜を重視していたことに由来すると考えられています。
八十八夜と気候:農作業の目安
立夏(2025年は5月5日)の少し前に位置する八十八夜は、昔から茶摘みや種まき、田植えといった農作業を開始するタイミングの目安とされてきました。春も終わりに近づき、作物が大きく生長する時期ではありますが、霜が降りると作物に深刻な影響を及ぼす可能性があったため、農作業においては細心の注意が必要だったのです。「八十八夜の別れ霜」や「八十八夜の霜別れ」という言葉は、八十八夜の頃に降りる霜を指し、この霜を最後に霜が降りなくなると言い伝えられてきました。
八十八夜を過ぎると、遅霜の心配は減少し、気候も安定してきます。そのため、八十八夜が農作業の目安として重宝されてきたのです。また、「九十九夜の泣き霜」という言葉もあり、5月中旬に霜が降りると、農家は泣き寝入りするしかないほど大きな被害を受けるとされてきました。これらの言葉からも、遅霜に対する警戒心の強さが窺えます。
唱歌「茶摘み」と八十八夜
八十八夜と耳にすると、新茶の季節が近づいてきたと感じる方も多いのではないでしょうか。「夏も近づく八十八夜~」という歌詞で始まる唱歌『茶摘み』は、日本の歌百選にも選ばれ、世代を超えて歌い継がれてきた名曲です。この歌を通して八十八夜という言葉を知ったという方も少なくないはずです。八十八夜は、お茶の収穫シーズン到来を告げる日として、日本人の生活文化に深く根付いているのです。
新茶をおいしく楽しむ:淹れ方と楽しみ方
お茶の美味しい淹れ方をマスターすることで、新茶本来の風味を余すところなく堪能することができます。さらに、お茶請けとの相性を考慮することも、お茶の楽しみ方をより一層深めるための重要な要素となります。
おいしいお茶の淹れ方の秘訣
お茶はその種類に応じて最適な淹れ方が存在しますが、基本的にはお湯の温度、茶葉の量、そして抽出時間を微調整することで、お茶本来の味わいを最大限に引き出すことが可能です。特に新茶を淹れる際は、やや低めの温度で丁寧に淹れることで、その甘みと豊かな香りを存分に堪能できます。
お茶菓子との絶妙なハーモニー
お茶請けには、伝統的な和菓子から洗練された洋菓子、または軽快なスナックまで、多岐にわたる選択肢があります。その日の気分やお茶の種類に合わせてお茶請けを選ぶことで、普段のお茶の時間をより一層豊かなものにすることができます。例えば、香り高い新茶には、繊細で上品な甘さを持つ和菓子が格別によく合います。
八十八夜を夏の準備の合図に
日本では、漢字の「八」が末広がりの形をしていることから、古くから縁起の良い数字とされてきました。そのため、「八」が二つ重なる八十八夜は、特に縁起が良い日とされ、夏の準備を始めるのに最適な吉日として広く親しまれています。八十八夜の頃は気候が安定し、心地よい日が多く、ゴールデンウィーク明けには暦の上で立夏を迎え、初夏の訪れを感じさせてくれます。お部屋の模様替えや衣替えなど、夏の準備を始める絶好の機会と言えるでしょう。
まとめ
お茶は、日本の文化と深く結びついた特別な飲み物であり、その栽培方法から製造過程、そして味わい方に至るまで、数多くの魅力が秘められています。八十八夜という季節の節目を通して、旬の新茶を心ゆくまで味わい、お茶の奥深い世界に触れてみてはいかがでしょうか。一杯のお茶が、あなたの毎日の生活に、きっと豊かな彩りを添えてくれるはずです。
質問1:八十八夜は固定の日付ですか?
回答1:八十八夜は、暦の上で立春から数えて88日目にあたる日のことを指します。そのため、立春の日付が年によって変動することから、八十八夜も毎年同じ日になるわけではありません。一般的には、5月1日から3日頃に迎えることが多いです。
質問2:新茶と通常のお茶にはどのような違いがありますか?
回答2:新茶は、その年の最初に収穫されたばかりの新鮮な茶葉を使用して作られたお茶です。そのため、香り豊かで、甘みが際立っている点が大きな特徴です。一方、通常のお茶は、それ以降に収穫された茶葉や、場合によっては前年に収穫された茶葉を使用していることがあります。