カース・マルツゥ:禁断の美味? サルデーニャの伝統とリスク
サルデーニャの秘宝、カース・マルツゥ。その名はサルデーニャ語で「腐ったチーズ」を意味し、その製法と見た目はまさに禁断の味を彷彿とさせます。生きたチーズバエの幼虫が織りなす独特の風味は、伝統的な食文化の証。しかし、その裏には健康リスクも潜んでいます。今回は、カース・マルツゥの魅力と危険性に迫ります。

カース・マルツゥとは

カース・マルツゥは、イタリアのサルデーニャ島で伝統的に作られている、非常に特殊なチーズです。サルデーニャの言葉で「腐ったチーズ」という意味を持つこのチーズは、カース・モッデやカース・クンディードゥ、フォルマッジョ・マルチョといった別名でも知られています。その最大の特徴は、生きたチーズバエの幼虫、一般的にはウジ虫が含まれている点にあります。そのため、「ウジ虫入りチーズ」や「虫入りチーズ」という名前でも広く知られています。

カース・マルツゥの概要

カース・マルツゥは、もともとはペコリーノ・サルドと呼ばれる羊乳を原料としたチーズをベースとしています。製造過程において、意図的にチーズバエ(学名:Piophila casei)の成虫がチーズに卵を産み付けられるようにします。そして、孵化した幼虫がチーズを食べることで発酵を促進させます。この幼虫の活動によって、通常のチーズの熟成とは異なる変化が起こり、チーズは非常に柔らかい状態になります。チーズバエの活動は、高度な発酵とチーズに含まれる脂肪の分解を促す役割を果たしています。

カース・マルツゥの外見と特徴

十分に熟成したカース・マルツゥからは、「ラグリマ(lagrima)」と呼ばれる液体が染み出てきます。これはサルデーニャ語で「涙」を意味します。チーズの中にいる幼虫は半透明の白い色をしており、約8ミリメートルの大きさです。刺激を受けると、幼虫は15センチメートルほどの距離を飛び跳ねることがあるため、食べる際には目を保護することが推奨されています。食べる前に幼虫を取り除く人もいれば、幼虫ごと食べる人もいます。チーズ自体は、非常に強い臭いを放ち、その臭いが原因で吐き気を催す人もいます。

カース・マルツゥの味と食べ方

カース・マルツゥの風味は、非常に強烈で刺激的であり、他に類を見ない独特なものです。『ウォールストリートジャーナル』の2000年8月23日号において、ヤロスラウ・トロフィモフは、このチーズを「野性的で刺激的、そしてチーズに対する固定観念を打ち破る媚薬」と表現しました。また、スーザン・ハーマン・ルーミスは2002年にグルメ雑誌『Gourmet』の中で、カース・マルツゥを体験した感想を「口の中が燃えるようだった」と述べています。伝統的な食べ方としては、サルデーニャのパンであるパーネ・カラザウと一緒に、風味豊かな赤ワインと共に味わうのが一般的です。

カース・マルツゥの製造工程

カース・マルツゥは、最初に羊乳を用いてペコリーノ・サルドチーズを製造することから始まります。その後、チーズバエがチーズに産卵するのを待ちます。孵化した幼虫はチーズの中を食い進み、特殊な発酵を促します。この発酵プロセスによって、チーズは独特の風味と柔らかい食感を持つようになります。伝統的な製法は、現代的な衛生基準を満たしているとは言えないため、健康面での懸念も存在します。

カース・マルツゥのリスク

一部の食品専門家は、カース・マルツゥに含まれる幼虫が胃酸で完全に死滅せず、生きたまま腸に到達し、腸壁を刺激することで下痢や腹部の不快感を引き起こす可能性を指摘しています。ごく稀に、幼虫が消化器官に寄生し、仮性筋症と呼ばれる症状を引き起こすケースも報告されています。P. casei菌による同様の症例も確認されています。

カース・マルツゥの法的状況

カース・マルツゥは、その製造方法や健康上のリスクから、EUの食品に関する規制により販売が禁止されています。イタリア国内においても販売は違法行為となり、違反者には多額の罰金が課せられます。しかし、サルデーニャ島では、伝統的な食品として非公式に製造・販売されており、闇市場では通常のペコリーノチーズの約2倍の価格で取引されているのが現状です。

カース・マルツゥの合法化に向けた動き

カース・マルツゥを伝統的な食品として認めさせ、EUの規制を回避するための取り組みが行われています。25年以上変わらない製法で製造されている食品は、一部の食品衛生規制の対象外となる可能性があるためです。サルデーニャ地方自治体は、カース・マルツゥの伝統的な製造方法を文書化し、保護しようとしています。2005年には、羊農家とサッサリ大学の研究者たちが協力し、より衛生的な製造方法を開発し、チーズの合法的な販売を目指しました。

カース・マルツゥ:他地域での類似チーズと異なる呼び名

サルデーニャ島特産のカース・マルツゥと類似した、蛆入りのチーズはイタリア国内の他の地域にも存在します。また、フランスとの国境に近いアルプス山岳地帯でも、同様のチーズが見られますが、製造過程はカース・マルツゥとは一線を画すものもあります。例えば、チーズを屋外に置き、自然発生的にチーズバエの幼虫を発生させた後、白ワインやブランデーに浸して熟成させる製法などが知られています。

カース・マルツゥを巡るエピソード

その独特な製法と見た目から、カース・マルツゥは多くの人々に強い印象を与えます。ある旅行者は、初めてカース・マルツゥを食した際、「口の中で何かが弾けるような感覚だった」と語っています。別の美食家は、「このチーズは、食の未知なる領域を求める人々にとって、最高の挑戦だ」と評しています。カース・マルツゥは、単なる食品としてだけでなく、サルデーニャの文化と伝統を色濃く反映する象徴的な存在と言えるでしょう。

カース・マルツゥから探る食文化の深淵

カース・マルツゥは、私たちに食文化の多様性と奥深さを教えてくれる存在です。一見すると異様な食品も、その土地の気候風土、歴史、そして人々の創意工夫によって生み出されたものであり、尊重されるべき文化の一部です。カース・マルツゥを通じて、私たちは食に対する先入観を覆し、新たな食の可能性を探求することができるでしょう。

結論

カース・マルツゥは、その強烈な個性と、その背景にある豊かな文化的な意味合いから、世界中の食通や冒険心を抱く人々を魅了し続けています。実際に食するかどうかはさておき、このチーズについて知ることは、食文化の多様性を理解する上で非常に価値があります。もしあなたが、食に対する飽くなき探求心を持つ冒険家であれば、カース・マルツゥは忘れられない体験となるはずです。

質問:カース・マルツゥはどこで購入できますか?

回答:カース・マルツゥは、欧州連合(EU)の食品に関する法規制により、その販売が認められていません。そのため、一般の食料品店などで手に入れることは極めて困難です。ただし、サルデーニャ島の一部の地域においては、非公式なルートで取引されているケースが存在するようです。

質問:カース・マルツゥを食べることは健康に悪影響がありますか?

回答:カース・マルツゥに生息する生きた幼虫は、稀に消化器系のトラブルを引き起こす可能性があると指摘されています。加えて、衛生的な管理が徹底されていない環境下で製造された場合、食中毒のリスクも懸念されます。総合的に判断すると、健康への潜在的なリスクを考慮し、摂取は控えることが賢明であると考えられます。

質問:カース・マルツゥはどのような味がするのでしょうか?

回答:カース・マルツゥの風味は、非常に強烈で刺激的、かつ独特なものです。熟成の度合いや、チーズ自体の種類によっても微妙に異なりますが、共通して言えるのは、鼻を突くような強いアンモニア臭と、舌を刺すようなピリッとした刺激があるということです。
カース・マルツゥチーズ