あんず:甘酸っぱい魅力と多様な楽しみ方
春の訪れを告げる愛らしい花を咲かせ、夏には甘酸っぱい果実で私たちを魅了するあんず。その鮮やかなオレンジ色は、見ているだけで元気を与えてくれます。生で味わうのはもちろん、ジャムやコンポート、お菓子作りなど、様々な形で楽しめるのもあんずの魅力。この記事では、あんずの栄養価や歴史、おすすめの食べ方まで、その奥深い魅力に迫ります。さあ、あんずの甘酸っぱい世界へ、一緒に旅立ちましょう。

アンズとは?その定義と基本情報

アンズ(杏子、学名:Prunus armeniaca)は、バラ科サクラ属に分類される落葉性の樹木、またはその果実を指します。英語ではアプリコット(Apricot)として知られ、日本においてはカラモモ(唐桃)という古名も存在します。アンズの果実は、その鮮やかな黄色と小ぶりなサイズが特徴です。東洋系の品種群の中には、スモモとの自然交雑が見られるものもあります。原産地は中国の山岳地帯からヒマラヤ南部、ペルシャにかけての広範囲に及ぶと考えられており、学名が示すように、かつてヨーロッパではアルメニアが原産地であると信じられていました。一般的に、アンズの果実は酸味が強いため、ジャムや焼き菓子などの加工食品に利用されることが一般的ですが、「ハーコット」のように生食に適した、酸味が少ない品種も存在します。ヨーロッパで品種改良されたアプリコットは甘みが強い傾向にあり、アジアで改良されたアンズは酸味が強い傾向があります。ジャム、シロップ、果実酒など、アンズはお菓子作りにも多岐にわたり活用でき、皮をむいてそのまま食べることもできるため、幅広い世代に愛される果物と言えるでしょう。この多様な味わいが、アンズの利用範囲を広げています。

名称の由来

「アンズ」という名前は、中国から伝わった漢字表記「杏子」の唐音に由来すると言われています。古くは、中国原産の桃を意味する「カラモモ」という名で親しまれていました。中国での植物名は「杏(きょう)」です。日本最古の薬学書である『本草和名』(918年)にも、「杏子」の漢字と「カラモモ」の和名が記載されています。「アンズ」という現在の読み方が一般的になったのは江戸時代以降で、中国の杏子を唐音で読むようになったことがきっかけとされています。

日本への渡来と歴史的利用

アンズの原産地は、中国北部から中央アジア、ヒマラヤ西北部にかけての広大な地域であり、栽培の歴史は非常に古いとされています。中国では、2000年以上前、あるいは4000年以上前から、果実を食用とするのではなく、種子の中にある「杏仁(きょうにん)」を採取する目的で栽培されてきたと考えられています。当時の杏仁は、食用としてではなく、主に漢方薬として用いられていました。日本への渡来時期は定かではありませんが、平安時代から江戸時代の頃には「カラモモ」という名前で栽培されていたことが記録に残っています。この時代も、中国と同様に杏仁の利用が中心であり、アンズの果実を食べる習慣はまだ一般的ではなかったと考えられます。日本でアンズの果実そのものを食する習慣が広まったのは明治時代以降であり、本格的な果樹としての栽培は大正時代に、甘みの強いヨーロッパ品種が積極的に導入されたことが契機となり、始まりました。

世界的伝播の歴史

アンズは、中国大陸からシルクロードやアルメニアを経由してヨーロッパへと伝わりました。一説には、紀元前にはすでにギリシャに伝わっていたとも、1世紀頃にローマ帝国またはアラブを経由して伝わったとも言われています。イギリスへは14世紀中頃または16世紀初頭に伝わり、フランスでは17世紀になってようやく南部での栽培が始まりました。さらに、アメリカ大陸へは18世紀にスペインを経由して伝来したとされています。

植物としての特徴

アンズは中国北東部、具体的には山東省、河北省、甘粛省、新疆ウイグル自治区などの地域が原産であり、日本では長野県、青森県、香川県、山梨県などで主に栽培されています。樹木としては落葉性の低木であり、特徴的な樹皮は暗灰褐色でわずかに赤みを帯び、縦方向に深い割れ目が入ります。一年枝は赤褐色で光沢があり、表面は滑らかです。開花時期は春の3月から4月頃で、特に4〜5月にかけてサクラよりも早く淡いピンク色の美しい花を咲かせます。花は一重咲きの品種だけでなく、豪華な八重咲きの品種も存在します。花芽は卵円形で先端に細かな毛が生えているのが特徴です。その愛らしい花の姿は、観賞用として親しまれています。ただし、アンズは自家受粉だけでは良質な果実が実りにくいため、安定した収穫を得るためには、異なる品種を混植して他家受粉を促進したり、人工授粉を行うことが大切です。果実の収穫期は6月から7月にかけてで、ウメに似た橙黄色の果実が熟します。果肉は赤みを帯びており、種子である核から果肉が容易に離れる「離核性」という性質があります。果実の表面には細かな毛が密集しており、この甘酸っぱい果実の利用を目的に栽培されています。葉は互い違いに生え、広卵形で暗褐色から赤褐色を呈し、多数の芽鱗に包まれています。冬芽はウメよりも大きく、葉が落ちた後の葉痕部は膨らんでおり、半円形または楕円形の葉痕には3つの維管束痕が確認できます。

ウメ・モモ・アーモンドとの比較

アンズはバラ科サクラ属に分類され、モモ、ウメ、アーモンドなどと遺伝的に近い関係にあり、交雑しやすい性質を持っています。しかし、それぞれの果実には明確な違いがあります。例えば、ウメの果肉は完熟してもほとんど甘味がなく、種子と果肉が密着して離れにくい「粘核性」であるのに対し、アンズは熟すと甘味が強くなり、種子と果肉が容易に分離する「離核性」という点が大きな違いです。また、アーモンドの果肉は非常に薄く、一般的には食用には適していません。このように、近縁種間では果実の特性や利用方法に明確な違いが見られます。植物としての特性を見ると、アンズは優れた耐寒性を持っており、比較的冷涼な地域でも栽培に適応できる強さがあります。

栽培環境と病害虫対策

アンズを健康に栽培するためには、病害虫に対する適切な対策が欠かせません。防除体系、つまり防除暦に従って適切な時期に農薬を使用することで、病害虫の発生を抑制し、樹木の健全な成長を促進することが重要です。アンズは比較的冷涼な気候にも適応するため、北海道や東北地方北部などの地域でも栽培が可能です。アンズが良く育つ土地は、「日当たりの良い場所」「風通しの良い場所」「水はけの良い場所」という条件を備えていることが重要です。

苗の増やし方と接ぎ木

一年生の草花とは異なり、アンズのような多年生の樹木が実らせる果実は、種子を蒔いても親木と全く同じ性質を持つ果実が実るとは限りません。そのため、品種の特性を維持し、安定した収穫を得るためには、苗は「接ぎ木」によって増やすのが一般的です。接ぎ木の方法としては、休眠期にあたる2月下旬から3月中旬頃に行う休眠枝接ぎや、成長期後半の秋口に行う芽接ぎなどが主に用いられます。

効果的な肥料管理

アンズ栽培を成功させるためには、適切な肥料管理が不可欠です。特に注意すべきは、土壌中の亜鉛不足。亜鉛が不足すると、果実の見た目が悪くなる「外観不良」が発生しやすくなります。これを防ぐためには、計画的な施肥管理を行い、亜鉛欠乏を抑制することが重要です。また、実をつける成木には、カリウムを多めに施肥することで、果実の品質向上と収穫量の安定化が期待できます。

国内の主要産地と歴史的背景

アンズは中国が原産ですが、日本には弥生時代以降に渡来し、各地の遺跡からその存在が確認されています。日本におけるアンズ栽培の歴史は古く、青森県、長野県、香川県が主な産地として知られています。その他、愛媛県や広島県などの瀬戸内地方、そして青森県の津軽地方も古くからの主要産地です。特に青森県では、加工に適した「八助」のような品種の栽培が盛んです。これらの地域では、「広島大実」のような地域固有の品種も育成されてきました。

長野県のアンズ栽培の起源

長野県はアンズ栽培が非常に盛んな地域であり、その歴史は300年以上前に遡ります。言い伝えによると、伊予宇和島藩のお姫様がこの地に嫁ぐ際、故郷の花を懐かしんでアンズの木を持ち込み、城内に植えたのが始まりとされています。

国内の年間収穫量と栽培面積の推移

日本におけるアンズの生産状況は、農林水産省の統計データで詳しく知ることができます。2021年の統計では、国内のアンズ収穫量で最も多いのは青森県で、約1250トンを記録しました。次いで長野県が約595トンで2位、広島県が約2トンで3位となっています。これらの数値は全国の合計値から算出されたもので、グラフ表示とは異なる場合がありますが、統計表の数値の方がより正確な情報を提供します。これは、グラフが主要な生産地のみのデータを含むことがあるのに対し、統計表は全国の総計に基づいているためです。また、栽培面積と収穫高の推移を見ると、2021年時点でのアンズの栽培面積は約185ヘクタールで、そこから約1416トンの収穫量が得られています。アンズの生産動向を把握する上で、これらの統計データは国内の主要な栽培地域とその規模を明確にする上で重要な指標となります。

世界の主要生産国

アプリコット、すなわちアンズの世界における生産状況を概観すると、FAOSTAT(国際連合食糧農業機関)が2021年に公表したデータから、トルコ、ウズベキスタン、イラン、イタリア、そしてアルジェリアが主要な生産国として挙げられます。特にトルコは突出しており、年間およそ80万3932トンものアンズを産出しています。これは世界の総生産量の約8%に相当し、圧倒的なシェアを占めています。これらの国々が世界のアンズ供給を牽引しており、それぞれの気候や土壌に適応した栽培技術や品種改良が積極的に行われていると考えられます。

品種分類:東洋系と西洋系

アンズの品種は、そのルーツと特性により、大きく二つの系統に分けられます。一つは、中央アジアからヨーロッパへと広がり発展した「西洋系」の品種群で、一般的に「アプリコット」とも呼ばれます。この系統の品種は、甘みが豊かで、生食に適した品種が多く開発される傾向にあります。もう一つは、中国を経て日本に伝わった「東洋系」の品種群で、こちらは比較的酸味が強い果実が多く、生で食べるよりもジャムやシロップ漬けといった加工品としての利用に適しているという特徴があります。例えば、カナダで生まれた「ハーコット」は、強い甘みが特徴で生食に最適な西洋系品種の代表例です。一方、日本古来の品種の多くは酸味が強いため、主に加工用として用いられています。このように、アンズは用途に応じて様々な品種が存在し、それぞれの地域や食文化に合わせた形で栽培され、利用されてきた歴史を持っています。

平和

「平和」は、大正時代に長野県埴科郡(現在の長野県千曲市)のアンズ園で偶然発見された品種で、第一次世界大戦の終結を祝して命名されました。この品種は強い酸味を持つため、主にジャムやコンポートといった加工用として栽培されています。果実は鮮やかな橙色の丸い形で、重さは50~70g程度と比較的大きめです。収穫時期は6月下旬から7月上旬にかけてです。

昭和

「昭和」は、長野県や香川県などで栽培されている品種で、長野県のアンズ園で昭和15年頃に発見されました。「平和」と比べて収穫時期がやや遅く、7月上旬から中旬頃に収穫を迎えます。この品種も酸味が強いため、シロップ漬け、砂糖漬け、ジャムといった加工品に適しています。果実の大きさは40g程度とやや小ぶりです。

新潟大実

新潟県が誇る「新潟大実(にいがたおおみ)」は、昭和初期から大切に育てられてきた由緒ある品種です。その際立つ特徴は、口の中に広がる爽やかな酸味。主にジャムや甘酸っぱいシロップ漬け、風味豊かな干しアンズなど、加工用として幅広く活用されています。丸みを帯びた淡い橙色の果実は、一つあたり約40~60g。この品種をルーツに、アメリカ生まれの「チルトン」との出会いから生まれた「信月」という新品種も誕生しています。新潟大実の収穫時期は、7月上旬頃から始まります。

山形3号

山形県で生まれた「山形3号」は、昭和初期から長野県でも栽培されている歴史ある品種です。丸い形と、黄みがかった橙色の果皮が特徴で、重さは約60g。甘みと酸味の絶妙なバランスが、干しアンズやジャムの原料として重宝されています。また、「山形3号」と「甚四郎」を掛け合わせることで、1990年(平成2年)には生で食べられる「信陽」という新しい品種が誕生しました。山形3号の出荷は、6月下旬頃から始まります。

八助

杏の主要産地である青森県で栽培されている「八助」は、独特な加工方法で知られています。梅干しのように加工されることが多く、生の果実として市場に出回ることは稀です。しかし、その実は大きく、甘みと酸味のバランスが絶妙。シャリシャリとした食感も楽しめます。ジャムやシロップ漬けはもちろん、乾燥させても美味しく、しっかりとした食感が魅力です。「八助梅」とも呼ばれ、主に青森県で栽培されています。旬は7月頃です。

信州大実

1980年(昭和55年)に品種登録された「信州大実」は、その名の通り、80~100gにもなる大粒の果実が特徴です。丸い果形と、鮮やかな橙色の果皮・果肉が美しく、芳醇な香りが食欲をそそります。酸味が比較的少ないため、高い糖度と相まって、生食でも加工用としても楽しめる万能な品種です。旬は7月中旬頃。かつては「アーリーオレンジ」と「新潟大実」の交配種と考えられていましたが、近年のDNA解析により、その説は否定される可能性が出てきています。

信山丸(しんざんまる)

長野県を中心に栽培されている「信山丸(しんざんまる)」は、甘みと酸味のバランスが取れたあんずです。生で食べるのはもちろん、ジャムやシロップ漬けなど、様々な用途に活用できるのが魅力です。特に、その酸味はシロップやお菓子作りに活かすと、風味豊かな仕上がりになります。果実は少し縦長の楕円形で、美しいオレンジ色が特徴。サイズはやや小ぶりで、40~50g程度です。生産量が限られているため、希少価値が高く、贈答用としても人気があります。旬は6月中旬頃からです。

ハーコット

「ハーコット」は、カナダで生まれた品種で、日本には1979年(昭和54年)にやってきました。大きなサイズと、酸味が少なく強い甘みが特徴で、生食に最適です。他のあんずと比べて酸味が少ないため、酸っぱいのが苦手な方でも美味しくいただけます。果皮は鮮やかなオレンジ色で、果実は80~100gと大きめの楕円形をしています。日持ちがあまり良くないので、購入したらなるべく早く食べるようにしましょう。収穫時期は7月上旬頃です。

ゴールドコット

「ゴールドコット」は、アメリカで生まれた品種で、1967年(昭和42年)に日本に導入されました。ハーコットと同様に、酸味が少なく糖度が高いのが特徴で、生食に適しています。果形は丸く、果重は50g前後の中玉サイズ。黄色みがかったオレンジ色をしています。収穫時期は7月中旬頃です。

アンズの栄養成分と健康効果

あんずは、甘酸っぱい味わいだけでなく、健康に良い栄養成分が豊富に含まれています。特に注目したいのは、可食部100gあたりに含まれるβ-カロテンの量で、1500mcgも含まれています。これは、果物の中でもトップクラスの含有量で、生果では赤肉メロンに次いで2位、乾燥あんずでは5000mcgと驚くほどの量が含まれています。β-カロテンは体内でビタミンAに変換され、抗酸化作用を発揮し、細胞の老化を抑制したり、視力を維持する効果が期待できます。また、生活習慣病の予防にも役立つと言われています。さらに、カリウムも豊富に含まれており、高血圧予防やむくみ解消に効果的です。あんずには、リンゴ酸やクエン酸などの有機酸も含まれており、疲労回復を促進する効果が期待できます。血行促進作用もあるため、冷え性の改善にも役立つでしょう。その他、便秘解消に役立つ食物繊維や、皮膚や粘膜の健康を保つβ-カロテンも含まれており、美容や健康に関心のある方におすすめの果物です。ただし、未熟な果実や種子にはアミグダリンという成分が含まれているため、食べ過ぎには注意が必要です。

生食と干しあんず

あんずは、春に可憐な花を咲かせ、初夏に収穫される旬の短い果物です。完熟した橙黄色の果肉は、そのまま味わうことができます。ただし、日本の在来種は酸味が強いものが多く、ジャムやコンポートなどの加工品として利用されるのが一般的です。加工することで、一年を通してあんずの風味を楽しむことができます。また、種を取り除いた果実を天日で乾燥させると、保存性に優れた干しあんずを作ることができます。

ジャム、シロップ漬け、焼き菓子

生のあんず、または干しあんずと砂糖を鍋で煮詰めれば、家庭で手軽にあんずジャムを作ることができます。シロップ漬けは、干しあんずを容器に入れ、砂糖を煮溶かしたシロップを注ぎ、冷暗所で2週間ほど漬け込みます。あんずは、コンポートやタルトなど、様々な洋菓子にも利用されています。

あんず酒

あんず酒は、6月頃に収穫される青い未熟なあんずを、35度の焼酎に漬け込んで作ります。焼酎1.8リットルに対し、あんず1キログラムが目安です。約3ヶ月間冷暗所で保存し、完成後は果実を取り出すのが一般的です。以前は、未熟なあんずは「姫子」という名前で販売されていましたが、食品衛生基準の厳格化により、現在では流通していません。

薬用としての利用:漢方と民間療法

あんずの種子や果実は、古くから薬効があるものとして、東洋医学で用いられてきました。あんずの種子は「杏仁(きょうにん)」または「杏子(きょうし)」、果実は「杏子」または「杏実(きょうじつ)」と呼ばれ、日本の薬局方にも生薬として収録されています。杏仁は、咳を鎮める鎮咳作用、喘息を和らげる鎮喘作用、便秘を改善する潤腸作用があるとされています。麻黄湯や麻杏甘石湯などの漢方薬には、杏仁が配合されています。また、杏仁を水蒸気蒸留した「キョウニン水」も、鎮咳作用があることで知られています。杏仁は、完熟したあんずの果実から種を取り出し、天日乾燥させて作ります。果実も、生または乾燥させて薬用に使われます。民間療法では、咳や喘息、便秘に、生の果実を1日1~2個食べたり、杏仁を煎じて服用すると良いとされています。ただし、下痢しやすい人や妊婦は服用を避けるべきです。また、滋養強壮や冷え性、低血圧の改善に、寝る前にあんず酒を飲むこともあります。杏仁にはアミグダリンという有毒成分が含まれているため、薬効を期待する場合は、専門家のアドバイスを受けるようにしてください。

薬用としての利用:医学的根拠と法的制約

アンズの種子に含まれるアミグダリンという青酸配糖体は、「がん治療に有効」といった触れ込みでサプリメントなどに使用されることがありますが、科学的な裏付けは極めて乏しいのが現状です。信頼性の高い臨床研究において、アミグダリンががんの治療、症状緩和、または生存期間の延長に効果があるという明確な証拠は見つかっていません。むしろ、摂取によるシアン中毒のリスクが数多く報告されています。過去にはアミグダリンを「ビタミンB17」と呼び、ビタミンの一種であると主張する説もありましたが、アミグダリンは生体内の代謝に必要な栄養素ではなく、欠乏症も存在しないため、現在では否定されています。アメリカ食品医薬品局(FDA)は、アミグダリン含有製品に対し、「治療効果は一切なく、極めて有毒であり、適切な医療を拒否させたり、治療の開始を遅らせることで命を危険にさらす」と警告し、アメリカ国内での販売を禁止しています。

アンズの葉や種子が古くから薬として用いられてきたのは事実ですが、これは青酸配糖体の毒性を少量利用するもので、毒性を巧みに応用したものです。現代において、アミグダリン含有製品の利用を検討する際は、必ず医師に相談し、自己判断での摂取は避けるべきです。日本の薬事関連法規においても、アミグダリンを多量に含むアンズの仁(苦杏仁)は「医薬品」として扱われ、食品や健康食品としての販売は禁止されています。一方、アミグダリン含有量の少ない「甜杏仁(カンキョウニン)」は「食品」に分類されますが、医薬品のような効果を謳うことはできません。日本で流通するアンズの仁の多くは、アミグダリンを多く含む苦杏仁であることを認識しておく必要があります。

アミグダリンの生成メカニズムと中毒症状について

アンズ、ウメ、スモモ、アーモンド、モモ、ビワなどバラ科植物の種子内部(仁)には、アミグダリンという青酸配糖体が多量に含まれています。これは、種子を捕食者から守るための自然な防御機能です。アミグダリンは、未熟な果実、葉、樹皮にも少量存在します。アミグダリン自体は無毒ですが、経口摂取されると、植物内の酵素や腸内細菌の酵素によって分解され、毒性の高いシアン化水素(青酸)を生成します。微量のシアン化水素は体内で無毒化されますが、過剰に摂取すると、嘔吐、顔面紅潮、下痢、頭痛などの急性中毒症状が現れ、さらに多量に摂取した場合は意識混濁や昏睡状態に陥り、最悪の場合、死に至る危険性があります。生の果実や種子の過剰摂取は危険です。民間療法では、アンズの葉を煎じたものが解毒に良いとされることもあります。しかし、適切に熟したアンズの果肉や、ジャム、干しアンズなどの加工品を通常量摂取する分には安全です。これは、果実の成熟に伴い、植物中の酵素がアミグダリンをベンズアルデヒド(アーモンドや杏仁の香り成分)や安息香酸に分解し、青酸も揮散や分解によって安全なレベルまで減少するためです。加熱などの加工処理もアミグダリンの分解を促進します。

未加工種子のリスクと法的規制

種子に含まれるアミグダリン濃度は果肉よりも高く、成熟や加工による分解にも時間がかかります。種子が高いアミグダリン濃度を持つのは、捕食者から身を守るための進化的戦略と考えられています。傷ついた種子の中には、1000~2000ppmもの高濃度のアミグダリンを含むものもあります。生の種子を粉末にした健康食品も販売されていますが、小さじ1杯程度の摂取で安全とされる青酸の摂取許容量を超える製品も存在するため注意が必要です。2017年には、高濃度のアミグダリンを含むビワの種子粉末が問題となり、厚生労働省はシアン化合物が10ppmを超える天然シアン化合物含有食品に対し、食品衛生法違反であるとの通知を出しました。海外では、アンズの種子摂取による死亡例も報告されており、その毒性は軽視できません。

美味しいアンズの選び方と保存方法

美味しいアンズを選ぶには、いくつかのポイントがあります。スーパーでアンズを購入する際には、以下の点に注目しましょう。手に取った時にずっしりとした重みを感じるアンズは、果肉が詰まっている証拠です。軽いものは中身がスカスカな可能性があるため注意が必要です。皮にハリとツヤがあるものは、新鮮で食べ頃のサインです。逆に、凹みや傷があると腐敗の原因となるため、避けるようにしましょう。すぐに食べる場合は、触った時に少し柔らかいものを選ぶと良いでしょう。冷蔵庫で冷やせば、より美味しくいただけます。長期保存したい場合は、固めのアンズを選ぶのがおすすめです。

まとめ

アンズは、甘酸っぱい果実としての魅力はもちろんのこと、春に咲き誇る美しい花、古代からの薬用としての利用、そして数千年に及ぶ栽培の歴史を持つ、非常に魅力的な植物です。その起源である中国から世界各地へと伝わり、それぞれの土地の気候や用途に適応した様々な品種が生まれました。本記事でご紹介した情報をもとに、アンズの特性をしっかりと理解し、その豊かな風味と効能を安心して生活に取り入れていただければ幸いです。

質問:アンズとアプリコットは同じものですか?

回答:アンズは日本語での呼び名であり、アプリコットは英語での呼び名です。基本的に同じ果物を指しますが、品種の系統としては、中央アジアからヨーロッパに広がり発展したものを西洋系(アプリコット)、中国から日本に伝わったものを東洋系(アンズ)と大きく分類することができます。一般的に、西洋系のアプリコットは甘みが強い品種が多いのに対し、東洋系のアンズは酸味が強い傾向があります。例えば、「ハーコット」のような品種は生食に適した甘さを持つ西洋系であり、日本の在来種に多い加工用の酸味が強い品種は東洋系の代表と言えるでしょう。

質問:アンズの種子(杏仁)は食べられますか?

回答:アンズの種子、特に仁(杏仁)には、アミグダリンという青酸配糖体が多く含まれています。アミグダリン自体は無害ですが、体内で分解されると、非常に強い毒性を持つシアン化水素(青酸)を生成する可能性があります。十分に熟した果肉や、加熱処理などによって適切に加工された杏仁豆腐などは安全に食べられますが、生の種子や未加工の種子粉末を大量に摂取すると、吐き気、下痢、頭痛などの症状が現れ、重症化すると意識障害や死亡に至る危険性があります。日本の法律では、アミグダリンを多量に含む苦杏仁は「医薬品」に分類されており、食品として販売することは禁止されています。ご自身の判断で摂取することは絶対に避けてください。

質問:アンズの主な産地はどこですか?

回答:アンズの原産地は中国の山岳地帯を含む広い範囲です。日本国内での主な産地としては、長野県が最も有名で、300年以上前から栽培が盛んに行われています。その他、青森県(特に加工用品種の「八助」の生産が盛んです)、香川県、山梨県などでも栽培されています。2021年の国内収穫量を見ると、青森県が約1250トンで全国1位、長野県が約595トンで2位となっています。
あんず