地球の遥かなる過去を封じ込めた白銀のタイムカプセル、古代の氷。それはただの冷たい物質ではなく、人類の始まりや進化の秘密を紐解く鍵とも言える存在です。氷河や極地のコアサンプルには、地球が経験した気候変動の痕跡と共に、古代文明がなぜ栄え、そして衰退したのかという問いへの貴重なヒントが含まれています。この記事では、古代の氷が私たちに何を伝え、現代の私たちの目的にどのように影響を与えるのかを探っていきます。
アイスクリームの歴史的背景
昔のアイスクリームは、現在のシャーベットに似たもので、単なるデザートではなく、疲労を癒す「健康食品」として親しまれていました。この甘味氷菓はアラブ、古代ギリシャやローマ、そして中国などで広まるにつれ、多くの人々の心を掴み、貴族や富裕層のお気に入りの嗜好品となっていきました。
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古代の冷菓:健康食品から嗜好品への変遷
最初に氷雪が利用された目的は、食品の保存でした。時が経つにつれ、冬に雪や氷を貯蔵し、夏にそれを食べるような習慣が生まれましたが、当初は兵士の士気を高め、彼らの体力を養うための健康食品とされていました。これを嗜好品として広めたのが、紀元前100年から44年に活躍したローマの英雄、ジュリアス・シーザーでした。
彼は若者たちをアペニン山脈に送り、氷や雪を得させ、それに乳や蜜、ワインを加えて飲んでいたと伝えられています。
皇帝ネロが好んだ氷菓子「ドルチェ・ビータ」
ローマの皇帝ネロ(37〜68)は、その冷酷さで知られていましたが、アルプスから奴隷に雪を運ばせ、バラやスミレの花水、果汁、蜂蜜、樹液を混ぜた冷たいデザート「ドルチェ・ビータ」を好んで楽しんでいたとされています。このデザートは徐々にローマ市民の間で人気を得て、富裕層は自宅に氷の貯蔵庫を設け、それを宴会で振る舞ったと記録されています。
また、ローマの将軍クイントゥス・マキシマス・グルゲオの書物には、氷菓の作り方が詳述されており、これはアイスクリームの最古のレシピとされています。一方、広大な帝国を築いたアレクサンダー大王(BC356〜323)も、奴隷に山から雪を運ばせ、果汁と糖蜜を合わせた冷たい飲み物を愛飲していたと伝えられています。
マルコ・ポーロが紹介した「ミルクアイス」
古代の交易路シルクロードを通じて、中国からイタリアにアイスクリームが伝わったという説があります。その立役者は、マルコ・ポーロだったと言われています。
1295年、マルコ・ポーロは長いアジアでの冒険を終え、彼の父と叔父と共にベネチアに戻りました。しかし、当時ベネチアとジェノヴァの間で戦争が激化しており、彼は不幸にも捕らわれの身となります。その監禁生活の中で、彼は「東方見聞録」を口述します。この中で、マルコ・ポーロが中国で出会ったミルクを凍らせたデザートについても話しており、それをヨーロッパに持ち帰ったことが記されています。この氷菓の製法はベネチアで大変な人気を博し、やがて北イタリア全域に広まったそうです。
「東方見聞録」には、マルコ・ポーロが中国宮廷の氷菓の秘密をヨーロッパにもたらしたと記されています。
「シャルバータ」から「シャーベット」への進化
「シャルバータ」とは、アラブ地域で砂糖を使用し、冷たくして楽しむ甘い飲み物です。一方、古代ヨーロッパ文明の核は地中海地域にありました。特にシチリア島は東西文化の交差点として、9世紀前半から約250年間サラセンに支配され、イスラム文化が根付く場所となりました。
この時期にアラブの「シャルバータ」が「ソルベット」(イタリア語でシャーベット)として紹介され、多様な果物やナッツを取り入れた香り豊かな「ソルベット」がシチリアで作られるようになりました。中でも有名なのが、シチリアの特産品「カッサータ」です。
古代イスラムの物語集「千夜一夜物語」にも、冷たい飲み物「シャルバータ」に関する話が登場します。
フビライ汗とシルクロードの伝説的妙薬「舎里八」
アラビア文化圏から伝わった「シャルバータ」は、シルクロードを経て中国に到達したとの記録があります。大帝国を築いたフビライ汗(1215〜1294)は、父の病を癒したイスラムの薬を求めたと言われています。
それはサマルカンドの「舎里八(しゃりば)」で、様々な果汁と砂糖を混ぜ合わせ、バラの香りを加えた水や龍涎香(りゅうえんこう)で風味をつけ、雪や氷を使って冷やしたものでした。フビライはその「舎里八」の美味しさに感嘆し、調合を担当した医師サルギスを重用し、厚く遇したと伝えられています。「舎里八」は「シャルバータ」を漢字で表したものです。※【龍涎香(りゅうえんこう)】マッコウクジラの腸内でできる結石を乾かしたもので、漢方や高級香料に用いられます。