サツマイモの収穫後、貯蔵期間を長く保つために欠かせないのが「キュアリング」という技術です。傷ついたサツマイモを適切な温度と湿度で管理することで、自然治癒力を高め、腐敗を防ぎます。この記事では、サツマイモのキュアリング方法について詳しく解説し、収穫後のサツマイモを美味しく保つための秘訣をご紹介します。
収穫後の迅速な温湿度管理:最適なキュアリング期間
キュアリングを効果的に行うには、収穫したサツマイモをできるだけ早く適切な環境に移すことが大切です。キュアリングを促進するためには、一定期間、サツマイモを高温多湿の環境に置く必要があります。具体的には、収穫後すぐに温度30~35℃(約33℃が理想的)、湿度85~90%(約90%が望ましい)に設定された定温庫に入れ、3~7日間置いておきます。一般的な作物における微生物の繁殖を防ぐ「乾燥」とは異なり、サツマイモの場合は高温多湿環境を維持することで、皮の下に5~6層のコルク層が形成されます。このコルク層によって、腐敗や品質劣化を大幅に防ぐことができます。

病原菌の侵入を防ぐコルク層の形成
キュアリングによって作られるコルク層は、サツマイモの貯蔵において非常に重要な役割を果たします。このコルク層は、軟腐病や黒斑病など、貯蔵中の腐敗の主な原因となる病原菌が、収穫時や輸送中にできた傷口から侵入するのを物理的に阻止します。これにより、貯蔵中の病害発生リスクを大幅に減らし、健全な状態で長期間保存することが可能になります。
貯蔵中の低温障害を軽減:寒さへの抵抗力向上
キュアリングのメリットは、病気への抵抗力向上だけではありません。キュアリングを行うことで、サツマイモは寒さにも強くなります。低温環境での貯蔵中に発生しやすい低温障害(品質低下や腐敗の原因となる生理的な障害)を軽減し、安定した品質での長期貯蔵を可能にします。その結果、寒い時期でも良質なサツマイモを市場に供給できるようになります。
デンプン糖化による品質向上:甘みと食感の最適化
キュアリングがサツマイモの品質に及ぼすプラスの影響は特筆に値します。適切な湿度と温度条件下でのキュアリング処理の後、低温で貯蔵される期間に、サツマイモ内部のデンプン質は、より甘いデキストリンやショ糖といった糖へと分解されます。この温度変化がデンプンの糖化を促し、サツマイモならではの甘さを引き出し、品種によっては独特のねっとりとした食感を高め、結果として風味を向上させます。収穫されたイモ類の多くは貯蔵され、数ヶ月にわたって市場に出荷されるため、貯蔵中に品質を維持することは、消費者への安定的な供給と市場価値を保つ上で非常に重要です。このデンプンが糖に変わることで甘みが増すことこそが、市場で高品質なサツマイモが求められる現代において、キュアリング処理が欠かせない理由の一つです。
国内需要の拡大と国際市場における競争力強化
近年、日本では一般消費者向けに、焼き芋や干し芋といった加工食品を中心にサツマイモの人気が高まっており、需要が増加しています。さらに、海外市場でも日本産のサツマイモの強い甘みが評価され、輸出量は増加傾向にあります。このような状況下で、求められる品質を維持し、輸送中の病気や低温による品質劣化を防ぐためには、キュアリング処理が国内外の市場での競争力を高める上で不可欠な技術となっています。例えば、令和4年(2022年)のサツマイモの輸出額は27.9億円、輸出量は5849トンに達し、野菜の中ではいちごに次いで2番目に多く、その品質を維持するためのキュアリング処理の重要性はますます高まっています。
手軽なキュアリングでも効果があるのか
北海道旭川市農業センターが発表した「令和3年度 旭川市農業センター試験成績書(概要版)」では、北海道立研究機構が発行した「さつまいも栽培マニュアル(2018年版)」で紹介されている簡単なキュアリング処理が、貯蔵期間や品質に与える影響について詳しく調査しています。この調査では、特に‘シルクスイート’と‘ベニアズマ’の2つの品種を用いて、具体的な実験条件を設定し、検証が行われました(具体的な条件についての記述はここでは省略します)。
調査の結果、すべてのキュアリング処理を行った区画で、処理直後に腐敗したサツマイモは見られませんでした。‘シルクスイート’の品種では、キュアリング処理を行うことで貯蔵中の腐敗率が大幅に減少する効果が確認されました。
具体的には、キュアリング処理を行わなかった区画の腐敗率が46%であったのに対し、加温をしない簡易的な処理を行った区画では18%、通常の処理を行った区画では12%と、著しい改善が見られました(加温を伴う簡易的な処理に関する記述は、この報告書には記載されていません)。また、糖度についてもキュアリング処理直後、貯蔵36日後、貯蔵69日後に測定した結果、加温処理を行った区画が最も高い糖度を示し、次いで通常処理を行った区画が高い水準を維持しました。一方、‘ベニアズマ’では、キュアリング処理を行わなかった区画でも腐敗率が14%と比較的低く、糖度についても各調査日で明確な傾向が見られないという結果となり、品種によってキュアリングの効果に差があることが示唆されました。
上記以外にも、キュアリングの効果が品種によって異なることを示す研究報告は数多く存在します。たとえば、齋藤泰宏氏と本多裕司氏による『焼きいもの味質が異なるサツマイモのキュアリングによる澱粉の性質変化』(応用糖質科学 第11巻第2号 p.87-93、2021年)では、加熱調理したサツマイモの主要成分であるマルトースの生成に関わるデンプンの糊化が、キュアリングによってどのように変化するかを詳細に調べています。この実験では、焼き芋にした際の味が異なる3つの品種、すなわち粉質な‘ベニアズマ’、ねっとりとした‘べにはるか’、そして両者の中間的な‘五郎島金時’が用いられ、それぞれの品種でキュアリング処理後のデンプンの性質に異なる変化が見られました。具体的な内容の一部を引用すると、キュアリング直後の各サツマイモのデンプンの糊化開始温度を比較したところ、すべての品種で約1℃低下する傾向が見られました。
アミロペクチン鎖長の重合度6〜12の存在比を比較すると、‘ベニアズマ’と‘べにはるか’由来のデンプンではキュアリングによってその割合が増加しましたが、‘五郎島金時’由来のデンプンではそのような変化は見られませんでした。RV(※RVAとは「ラピッド・ビスコ・アナライザー」という水に懸濁させたデンプンなどの粘度特性を、パドルを使って測定する装置のこと)の粘度上昇温度を比較したところ、‘ベニアズマ’由来のデンプンではキュアリングによって約1℃の低下が見られましたが、他のデンプンでは大きな差は確認されませんでした。さらに、セットバック値を比較すると、‘ベニアズマ’由来のデンプンはキュアリング後に30%上昇しましたが、他のデンプンの値は約20%程度低下しており、品種による反応の違いが明確に示されました。

これらのさまざまな研究結果から、簡単なキュアリング処理でも効果が期待できるものの、その実施には慎重な検討が必要であることがわかります。特に、出荷時期、販売方法(加工の有無を含む)、そして最も重要なサツマイモの品種に応じて、最適なキュアリング方法を選択し、その効果をしっかりと見極めることが非常に重要です。この点について、農業専門誌「現代農業」のウェブサイトでは、家庭菜園や小規模農家でもできる、簡単なキュアリング方法が紹介されており、より多くの人がこの有効な貯蔵技術を利用できるように情報が提供されています。
まとめ
サツマイモのキュアリング処理は、傷口を保護するためのコルク層の形成を促進し、病原菌の侵入を防ぎ、低温による障害を軽減し、さらにデンプンを糖化させて甘みと食感を向上させる、非常に重要な貯蔵技術です。適切な温度と湿度を管理しながら数日間処理を行うことで、サツマイモの貯蔵性を高め、長期にわたって安定した供給と品質の維持を可能にします。国内での焼き芋や干し芋の人気、そして海外市場での需要拡大を背景に、キュアリング処理は現代農業においてますます重要性を増しており、品質向上と競争力強化に欠かせない要素となっています。品種ごとの特性を理解し、手軽な方法も含めて適切なキュアリングを行うことで、より高品質でおいしいサツマイモを一年を通して提供することができるでしょう。
キュアリング処理は、具体的にどのような目的のために行うのでしょうか?
キュアリングは、特にさつまいもなどの根菜類を保存する際、収穫時にできた傷から腐敗したり、病原菌が入り込んだりするのを防ぎ、品質を維持・向上させる目的で行われます。適切な温度と湿度を人工的に作り出すことで、さつまいも自身の持つ傷を自然に修復する力を高め、長期間の保存を可能にします。
キュアリング処理に最適な温度と湿度とは?
理想的な環境は、温度がおよそ30~35℃(特に約33℃)、湿度が85~90%(特に約90%)とされています。この条件で3~7日間、動かさずに置いておくことで、さつまいもの皮の下にコルク層が効率よく作られます。
キュアリング処理は、さつまいもの甘さに影響を与えるのでしょうか?
はい、影響があります。キュアリング処理で高温多湿の状態にした後、低温で保存する期間に、さつまいもに含まれるデンプンがデキストリンやショ糖といった糖に変わる「糖化」という反応が促進されます。その結果、さつまいもの甘みが増し、味が良くなることがわかっています。
キュアリング処理によって、なぜ病原菌の侵入を防げるのですか?
キュアリング処理によってさつまいもの傷口や皮の下にできるコルク層が、物理的な壁の役割を果たします。このコルク層は、植物の表皮の下にある層で、細胞壁にスベリンという物質が蓄積したコルク細胞が集まってできています。この層が、軟腐病や黒斑病などの病気を引き起こす菌が傷から入り込むのを効果的に食い止め、腐敗を防ぎます。
自宅でサツマイモを保存する際、簡単なキュアリングはできますか?
はい、大規模な設備がなくても、ご家庭で手軽にキュアリングを行うことは可能です。農業専門誌のウェブサイトなどでは、小規模な環境でも実践できる、簡単なキュアリングの方法が紹介されています。サツマイモの種類や目的によって効果に差は出ますが、ご家庭でも工夫次第で貯蔵性を向上させることができます。