クワ(桑)の実:歴史と健康、文化を彩る果実の魅力

甘酸っぱい風味と豊かな栄養で人々を魅了するクワの実。その歴史は古く、養蚕業を支える重要な作物として、人類の発展に深く関わってきました。別名「マルベリー」としても親しまれ、近年では健康効果への期待からスーパーフードとしても注目を集めています。この記事では、クワの実が持つ多様な魅力に焦点を当て、その歴史、健康効果、そして文化的な背景を紐解きます。甘い誘惑に隠された、クワの実の知られざる一面を覗いてみましょう。

クワの多様な特徴

クワという名前の由来には諸説あり、カイコが「食う葉」が変化したという説や、「蚕葉(こは)」が転じたという説があります。いずれの説も、古くから養蚕との深い関わりを示唆しています。山野に自生するヤマグワは、別名「カイバ」とも呼ばれ、その果実は地域によっては「ドドメ」という愛称で親しまれています。また、庭木としても人気のある「マルベリー(Mulberry)」は、クワの果実を指す英語名として広く知られています。クワ科クワ属の植物は、中国北部から朝鮮半島にかけての地域が原産地とされ、日本には古代に伝来したと考えられています。日本の縄文時代の遺跡からは山桑が出土しており、桑が古くから自生していたことがわかります。「日本書紀」には桑の栽培に関する記述があり、当時すでに養蚕が始まっていたと推測されています。現在では北海道から九州まで、日本全国に広く分布しており、かつて養蚕のために盛んに栽培されていた名残で、土手や畑の脇などで野生化したものが多く見られます。マグワ(真桑)は、中国東部からインド北西部が原産で、紀元前に中東や日本に伝わり、シルクロードを経て12世紀にはヨーロッパへと広がりました。クワは、葉、枝、根、実のすべてを有効活用できる、非常に汎用性の高い植物です。

クワは落葉性の高木、または低木であり、自然な状態では高さ5メートルから、大きいものでは10メートルほどに成長します。幹の直径は約50センチメートルから60センチメートルに達しますが、多くは低木として生育し、栽培される場合も低木仕立てが一般的です。樹皮は灰色や茶褐色、灰褐色を帯びており、若い木は滑らかですが、成長するにつれて縦方向に不規則な筋が入り、裂けるようになります。一年枝は褐色で、ほぼ無毛です。葉は柄があり、互い違いに生え、葉身は薄く、表面は艶のある濃い緑色で、わずかにざらつく感触があります。葉の縁には粗い鋸歯があり、葉の形は多様性に富んでいます。切れ込みのないハート形に近い楕円形の葉もあれば、様々な切れ込みが入る葉もあり、特に若い木では切れ込みが多い傾向があります。ヤマグワの葉は、長さ8~20cmの卵形や広卵形で、1~3つに分かれる不規則な裂片を持つことも多く、基部は円形または浅い心形です。葉の表面には、直径25~100マイクロメートルほどの気孔が不均一に分布しています。

クワの花期は春で、4月から5月ごろに開花します。雌雄異株、または同株で、花弁のない淡い黄緑色の小さな花を穂状に垂れ下げて咲かせますが、その姿はあまり目立ちません。花序は新枝の下部に形成され、雄花は枝の先端から房状に雄花序が垂れ下がり、雌花は枝の基部(下部)に集まって咲きます。雌花の柱頭は長さ2~2.5センチメートルで、先端が浅く2つに分かれているのが特徴です。ヤマグワの場合、花柱が目立ち、果実になってもその名残が残っていることが観察されます。果実は5月から7月ごろに実り、最初は緑色から黄色、赤色へと変化し、初夏から夏にかけて黒紫色に熟します。クワの果実は、多数の花が集まってできた集合果であり、ラズベリーのように柔らかい粒が集まった形をしており、やや細長いのが特徴です。粒の一つ一つは、萼が肥厚して子房を包み込んだ痩果で構成されています。熟した赤黒い果実は非常に甘く、生で食べることができます。果実は人間だけでなく、鳥類にとっても重要な食料となります。ただし、果実にはクワゴマダラヒトリ(Calliteara pudibunda)やクワコナカイガラムシ(Pseudaulacaspis pentagona)といった昆虫が寄生することがあり、感染して落下した果実からは菌類が生えることもあります。

Image

クワの主な種類

クワには、非常に多くの変種や栽培品種が存在し、それぞれの地域に適応した多様な特徴を持っています。日本では、「ポップベリー」や「ララベリー」といった登録品種があるほか、日本全土に自生するヤマグワは、養蚕のために栽培される多くの品種の母体となっています。中国から伝来した種との雑種も多く、その種類は多岐にわたります。日本の養蚕業において全国的に普及した主要な品種としては、「一ノ瀬」が挙げられます。この品種は、明治31年(1898年)頃、山梨県上野村川浦(現在の同県同郡)で一瀬益吉氏が、福島県の桑苗業者から購入した「鼠返し」という品種の桑苗の中から、本来の鼠返しとは異なる優れた性質を持つ個体を発見し、これを原苗として育成したものです。その他、日本では、ノグワ(野桑)、オガサワラグワ(小笠原桑)、シマグワ(島桑)など、南西日本の分布に由来する名前を持つ種があります。シマグワは別名をリュウキュウグワ(琉球桑)ともいい、台湾の大部分に分布する系統に由来します。伊豆諸島に生育するクワ属もシマグワとして珍重されています。中国には原産で栽培種でもある「ロソウ(魯桑)」があるほか、中国北東部、朝鮮北部、モンゴルにかけて分布する「モウコグワ(蒙古桑)」や、その変種で葉の両面に顕著な毛が多い「オニグワ(鬼桑)」と呼ばれる種が存在します。

ヤマグワ(Morus bombycis)

ヤマグワ(山桑、学名:Morus bombycis)は、クワ科クワ属の落葉高木であり、養蚕に使われる栽培クワに対して、山野に自生するクワを指して呼ばれます。中国植物名(漢名)では鶏桑(けいそう)と呼ばれ、学名の一つであるMorus bombycisは、カイコの学名であるBombyxに由来しています。日本、韓国、朝鮮半島、中国などに広く分布し、日本では北海道から九州まで各地の山野に自生しています。自然な状態では樹高が最大10メートル、幹の直径は60センチメートルまで成長し、枝ぶりはややまとまりがなく、横に広がる傾向があります。樹皮は茶褐色や灰褐色で、若い木は滑らかですが、成長すると縦方向に不規則な筋が入り、裂けるようになります。一年枝は褐色で、ほぼ無毛です。葉は長さ8~20センチメートルの卵形や広卵形で、葉の縁には鋸歯があります。しばしば1~3つに分かれて不整な裂片を持つものも多く見られ、基部は円形または浅い心形で、様々な形状があります。開花期は4~5月で、ほとんどが雌雄異株ですが、時には同株の場合もあります。花は小さく目立たない淡黄緑色で、花後の6~7月につく果実は直径1センチメートルほどの集合果です。この果実は「ドドメ」などとも呼ばれ、最初は赤色ですが、夏に熟すと黒紫色になり、食用にされます。完熟した果実を食べると唇や舌が紫色に染まり、昔は子供たちのおやつとして親しまれていました。冬芽は卵形で褐色をしており、芽鱗の縁は色が薄いです。枝先の頂芽と互い違いに生える側芽は、ほぼ同じ大きさです。葉痕は円形や半円形で、維管束痕は多数が輪状に並びます。冬芽や枝の樹皮は野ネズミなどの冬の食糧となり、かじり取られた跡が見られることがあります。養蚕用に栽培されることもありますが、日本では一般的に養蚕には用いられていない種です。しかし、栽培桑の生育不良でカイコの飼料が不足した際に利用されました。ヤマグワは霜害に強く、栽培桑が被害を受けたときに備えて、養蚕地帯では霜害が比較的少ない山地に植えられ、栽培桑の緊急時の予備とされていました。しかし、ヤマグワの葉質は栽培桑よりも硬いため、カイコの成長が遅くなり、飼料としては性質が劣るとされています。北海道では、開拓初期に栽培種のクワの生育が困難だったため、各地で様々な試行錯誤が行われ、ヤマグワを用いて養蚕が行われた時期もありました。ヤマグワの若芽や若葉は、採取してよく茹でてから水にさらし、おひたし、和え物、煮物などにして食べることができます。黒紫色に熟した「桑の実」は甘くて美味しいと評価されており、一度にたくさん採れるためジャムを作るのにも適しています。焼酎を使った果実酒は、強壮薬としての効果があると言われています。

マグワ(Morus alba)

マグワ(学名:Morus alba)は、養蚕で最も広く利用されるクワの品種であり、主にヤマグワとの区別に使用されます。別名としてトウグワ、カラヤマグワ、カラグワ、英語ではマルベリー(mulberry)とも呼ばれます。原産地は中国東部からインド北西部にかけての地域で、中国での名称は桑(そう)です。マグワは古くから世界各地に広まり、紀元前に中東や日本へ、さらにシルクロードを経て12世紀にはヨーロッパへと伝えられました。果実はベージュ色から薄紫色に熟し、甘みがありますが、一般的にはヤマグワやクロミグワほど美味とは評されません。マグワの主要な用途は、カイコの食料として養蚕業を支えることです。中国では、4500年前からカイコの祖先である野生のガを飼育し、交配を重ねて家畜化されたカイコを、クワの葉を食べさせて育ててきました。この生糸から作られる絹織物は、中国の重要な輸出品となり、約2000年前の漢の時代には絹を交易するシルクロードが整備され、東西の文化交流に大きく貢献しました。

クロミグワ(Morus nigra)

クロミグワ(学名:Morus nigra)は、アジア南西部原産のクワの一種です。栽培や鳥による種子の散布を通じて、ヨーロッパに広く分布しました。クロミグワの葉はハート形で、表面のざらつきが特徴です。果実は甘みと酸味のバランスが良く、美味とされていますが、非常に柔らかく、傷みやすい性質を持ちます。そのため、輸送や保存が難しく、主に生食や近距離での消費に限られます。

クワの多様な利用法

クワは、その歴史を通じて人々の生活に深く関わり、多様な用途で活用されてきた植物です。最も代表的な利用法は、カイコがクワの葉を食べて絹糸を作る養蚕です。このため、クワは大規模に栽培され、品種改良も盛んに行われてきました。また、クワの強い繊維は、古くから製紙の原料として珍重されてきました。特にアジア地域では、樹皮を用いた伝統的な製紙技術が受け継がれています。さらに、クワの果実は、ヤマグワやマルベリーなどとして食用にされ、その甘酸っぱい風味は多くの人に愛されています。食用以外にも、薬用としての価値が高く、根皮、葉、枝、果実がそれぞれ生薬として用いられ、その健康効果が注目されています。木材は硬くて美しいことから工芸品や楽器の材料となり、近年では桑葉に含まれる特定の成分が健康維持に役立つとして研究が進められるなど、クワは現代においてもその可能性を広げています。

生薬としての利用

クワは、主にマグワ(漢名:桑)とヤマグワ(漢名:鶏桑)が薬用として利用されてきました。特に根皮はソウハクヒ(桑白皮)と呼ばれ、医薬品として指定される重要な生薬です。2000年以上前の中国最古の薬物書である「神農本草経」には、桑白皮の解熱、咳止め、去痰効果に関する記述があり、古くからクワの薬効が利用されてきたことがわかります。一方、葉、花、実は、伝統的に薬用として用いられてきましたが、現代の日本では「非医」扱いとなっています。クワの葉には、ルチンやクエルセチンなどのフラボノイド類、血糖値上昇抑制効果が期待される1-デオキシノジリマイシン(DNJ)、ビタミン類、ミネラル類、γ-アミノ酪酸(GABA)などが豊富に含まれています。特にDNJは、粉末茶やパウダーとして摂取することで栄養をまるごと摂取できる健康茶の素材として注目されています。果実には、抗酸化作用を持つアントシアニン、ルチン、カロテン、ビタミン類(A、B1、B2、C)、有機酸、カルシウム、カリウム、鉄などのミネラルが含まれています。特にカリウムは、体内の塩分排出を促進し、むくみ対策に役立つとされています。根の皮である桑白皮は、現在も漢方薬として使用されるほか、ソウハクヒエキスとして化粧品に配合されるなど、気づかないうちに身近に存在しています。薬用として利用される根皮には、クワノン類、フラボノイド類、クマリン類、スチレン類などの成分が含まれており、これらの複合的な作用がクワの薬効を支えています。このようにクワは、植物の力で健康をサポートしたい方から注目され、薬膳素材としても利用されています。

クワの根皮は桑白皮(そうはくひ)、葉は桑葉(そうよう)、枝は桑枝(そうし)、果実は椹(しん)または桑椹(そうじん)という生薬名で知られています。これらの生薬は、それぞれ特定の調製法を経て利用されます。桑白皮は、秋から冬にかけてクワの根を掘り起こし、水洗いして外皮を剥ぎ、白い内側の部分だけを刻んで天日干しすることで調製されます。桑葉は晩秋の霜が降りた後に収穫され、桑枝は初夏に採集して天日乾燥させます。果実と葉は乾燥させて利用されることが多いですが、生の状態でも薬用として用いられることがあります。このように、クワは部位ごとに異なる生薬として、古くから人々の健康を支えてきました。

クワの生薬は、鎮咳、去痰、消炎、利尿、止瀉といった多様な薬理作用を持つことが知られており、漢方医学や民間療法で広く活用されてきました。漢方では特に桑白皮が鎮咳や去痰の目的で使用され、五虎湯や清肺湯などの漢方方剤に配合されています。民間療法では、桑白皮は咳止め、喘息、むくみ、糖尿病予防、強壮剤として用いられてきました。桑葉は咳止め、喘息、むくみ、糖尿病、病後の体力回復、滋養強壮、低血圧による補血に、桑枝は神経痛、リウマチ、むくみに効果があるとされています。果実は便秘、眼病、めまい、耳鳴りの症状緩和に用いられてきました。これらの生薬を服用する際は、一般的に1日量5~20グラムを600ミリリットルの水で煎じ、1日3回に分けて服用します。煎じた汁を服用する方法は、ほてりや熱があるときなどに有効とされますが、胃腸が冷えやすい人への使用は避けるべきとされています。

クワのやや未熟で紅紫色の果実である桑椹(そうじん)を用いた果実酒は、古くから滋養強壮薬として親しまれてきました。作り方としては、35度の焼酎1リットルに対し、桑椹300グラムを漬け込み、冷暗所に3か月ほど保存することで桑椹酒が完成します。この桑椹酒は、低血圧、冷え症、不眠症などの滋養目的で、就寝前に盃1~2杯ほど飲むことが推奨されています。同様に、果実と根皮を両方35度の焼酎に漬け込んだものも作られ、こちらも1日に盃1杯ほど飲むことで同様の効能が期待されています。これらの果実酒は、クワの豊富な栄養成分や薬効成分を効率的に摂取できる方法として、民間療法に根付いています。

民間では、乾燥させたクワの葉を薬草茶の代用とする、いわゆる「桑茶」が飲まれていた地域も多く、特に糖尿病の予防に効果があるとされてきました。桑茶を作るためのクワの葉は、大きく成長した葉を収穫し、天日で乾燥させます。乾燥後、揉み潰して堅い部分を取り除き、すり鉢などで細かくすり潰したものを、煎茶のように湯を注いで飲みます。この桑茶には、血糖値改善、肝機能強化、脂肪抑制、血圧降下、動脈硬化予防など、様々な健康効果に関する研究報告が近年発表されています。これらの効能は、桑葉に含まれる豊富な有効成分、特にDNJの働きによるものと考えられています。

桑葉には、近年注目されている成分として1-デオキシノジリマイシン(DNJ)が含まれていることが、最新の研究で明らかになりました。DNJはグルコースの類似物質であるイミノ糖類の一種で、α-グルコシダーゼ阻害物質として機能します。消化管内で、DNJはデンプンやショ糖などの多糖類を単糖に分解する酵素であるα-グルコシダーゼに選択的に結合し、その活性を阻害します。この阻害作用により、デンプンやショ糖の分解効率が低下し、食後の急激な血糖値の上昇を抑制する効果が、動物実験などで確認されています。このメカニズムは、糖尿病予防や改善に有効であると期待されており、機能性食品やサプリメントへの応用が進められています。興味深いことに、クワを食べるカイコのフンを乾燥させた蚕沙(さんしゃ)も同様のDNJを含んでおり、血糖値上昇抑制効果が確認されています。

食用としての利用

クワは、春の若芽から初夏の果実まで、その様々な部位が食用として利用されてきました。春には、枝の先に現れる若芽や、まだ鮮やかな緑色になる前の若葉を、柔らかいうちに摘んで食用にします。摘み取った若葉は、天ぷらとして楽しんだり、軽く茹でて水にさらし、おひたしや和え物、汁物の具材として活用したり、塩味を加えて炊き込んだご飯と混ぜてクワ飯にするなど、多彩な調理法で味わうことができます。その味は、あっさりとしていながらも美味しいと評されています。また、乾燥させてお茶として飲む「桑茶」は、日々の生活で手軽にクワの栄養を摂取できる方法として親しまれています。

桑の実(マルベリー)は栄養豊富なスーパーフード

クワの果実は、ラズベリーを細長くしたような形状で、赤黒く熟したものは「桑の実」の他に、「どどめ」や「マルベリー(Mulberry)」、「クワグミ」といった様々な名前で呼ばれています。クワの実はクワ科クワ属に分類されており、見た目が似ているラズベリーやブラックベリーがバラ科キイチゴ属、ブルーベリーがツツジ科スノキ属であるのと同様に、ベリーの仲間として捉えられます。これらの果実は、生のまま食べられるだけでなく、桑酒の原料や、シロップ漬け、ジュースの材料としても用いられます。特に、赤黒く熟した果実をジャムにすると、その香りと甘さが際立ち、格別な風味になります。地域の特産品として、青森県産の桑の実や長野県産のマルベリーは、生食用としても、ジャムなどの加工品としても人気があります。桑の実は、熟すにつれて赤黒くなり、完熟すると黒に近い濃い紫色になります。黒く熟した桑の実は、酸味が少なく甘みが強く感じられ、プルーンやナツメのような甘さだと評されることもあります。甘酸っぱくて美味しいだけでなく、抗酸化作用で知られるアントシアニンをはじめ、ビタミンやミネラルが豊富に含まれています。具体的には、ビタミンA、ビタミンC、ビタミンEが多く、ベリー類の中では鉄分とカルシウムも比較的多く含まれています。さらに、植物が自身を守るために作り出す特別な成分であるファイトケミカルも豊富で、アントシアニンもその一種です。桑の実の色からもアントシアニンが豊富であることが分かり、健康を意識する方にとって魅力的な果実と言えるでしょう。ただし、蛾の幼虫が寄生しやすく、その体毛が果実に付着していることがあるため、食べる際には十分に水洗いする必要があります。歴史的には、非常食として桑の実を乾燥させた粉末を食べたり、水にさらした熟す前の実を米と一緒に炊き込むこともありました。なお、「クワの果実」という言葉は、キイチゴのように小さな粒が集まった集合果の形態を表す言葉としても使われることがあり、生物学では動物の初期胚において、細胞分裂が進んで桑の実のような形になった状態を「桑実胚」と呼んだり、藻類の一種である「クワノミモ(アオコ)」などの例があります。

桑の実の流通と旬

生の桑の実は傷みやすいため、市場にはあまり出回らず、入手しにくいとされています。そのため、冷凍やジャム、ジュース、ドライフルーツなどの加工品として販売されるのが一般的です。生の桑の実を味わうには、産地を訪れるか、期間限定のオンライン販売などを利用するしかありません。桑の実の旬は初夏で、特に収穫時期である6月頃です。この時期に生の桑の実を見つけたら、ぜひ健康的なおやつとしてそのまま食べてみてください。

桑の実のおすすめの食べ方と加工方法

栄養成分が豊富な桑の実を日々の食生活に取り入れるには、手軽なジャムやジュースなどの加工品を利用する方法と、冷凍の桑の実を使って手作りする方法があります。ドライフルーツも手軽に食べられるので人気です。

桑の実を焼き菓子に加えるのも素晴らしいアイデアです。例えば、マフィンやフィナンシェに混ぜ込むと、桑の実特有の酸味が生地の甘さを引き立て、より奥深い味わいが楽しめます。

養蚕とクワ

養蚕の歴史は、人類の文明と深く関わっています。中国では約3000年前から、日本では縄文時代中期から始まったと考えられています。クワの栽培は日本の農業の風景に大きな影響を与え、かつては桑畑があちこちで見られました。2013年まで地図記号として「桑畑」が存在していたほど、日本の農村には馴染み深いものでしたが、和服を着る機会が減り、生糸の需要が減少するとともに、養蚕業は衰退し、桑の木も姿を消していきました。養蚕業が最も盛んだった昭和初期には、桑畑の面積は全国の畑地面積の約4分の1にあたる71万ヘクタールにも達したと言われています。しかし、戦後になると化学繊維が台頭し、生産者の高齢化や後継者不足も重なり、日本の生糸産業は急速に衰退しました。これに伴い、桑畑の面積も大幅に減少し、地図記号からもその存在が消えました。平成25年の2万5千分の1地形図図式では、桑畑の地図記号が廃止され、新版地形図やWeb地図の地理院地図では、同時に廃止された「その他の樹木畑」と同様に、普通畑の地図記号で表現されるようになりました。これは、かつて日本の主要産業であった養蚕業の盛衰を象徴する出来事と言えるでしょう。

木材としての利用

クワの木は非常に硬く、緻密な組織を持ち、磨くと美しい光沢を放ちます。そのため、古くから工芸品や家具の材料として重宝されてきました。しかし、銘木として利用できる良質なクワ材は非常に少なく、貴重とされています。特に、伊豆諸島の八丈島や御蔵島で産出される「島桑」は最高級材として知られています。島桑は、緻密な年輪と美しい木目、そして粘り強い材質が特徴で、江戸時代から職人たちに重用され、長寿を願う老人への贈答品であるキセルの素材としても用いられました。国産材の中では最高級材に位置づけられますが、小笠原諸島の世界自然遺産区域内には、島の固有種であるオガサワラグワの大木が点在していましたが、銘木としての価値から乱伐され、現在はほとんど失われています。この乱伐は、貴重な天然資源の保護の重要性を示しています。

また、クワは古くから弦楽器の材料としても珍重されてきました。奈良の正倉院には、クワで作られた楽琵琶や阮咸といった古代の楽器が保存されており、その音色の高さが評価されていたことがうかがえます。日本の伝統楽器である薩摩琵琶や筑前琵琶においても、クワ製のものが良い音を出すとされています。さらに、三味線もクワで作られることがあり、特に津軽三味線では、クワ材が柔らかい音色を生み出すとして好んで使われてきました。ただし、広い会場での演奏では音量が不足するため、他の木材が使われることもあります。クワが楽器材として選ばれるのは、その硬さや響きの良さ、そして加工のしやすさといった特性が、優れた音響性能に貢献するためと考えられます。

木材としての利用の他に、クワの樹皮から繊維を得る試みも行われてきました。幕末の1861年(文久元年)には、桑の樹皮から紙を作る製法が幕府に届け出られ、奨励されましたが、広く普及することはありませんでした。しかし、第二次世界大戦が激化し、民需物資が不足し始めた1942年(昭和17年)ごろからは、国家の総力戦体制の一環として、桑の樹皮から繊維(桑皮繊維)を得る取り組みが本格化しました。この時期には、学徒動員中の学生や児童も含め、全国各地の子供たちが桑の皮集めに動員されました。当初は民需被服のみであった桑の皮製衣服の普及は、最終的に1945年(昭和20年)ごろには軍用の耐水着の製造にまで及んだとされています。しかし、桑の皮繊維は肌触りが良くなかったため、戦後、通常の繊維が供給されるようになると、藁や葛の繊維と共に、その利用は廃れていきました。

製紙原料としての利用

クワは、昔から紙を作る材料としても重要な役割を担ってきました。今の中国、特に新疆ウイグル自治区の和田地区あたりでは、手作業で桑の皮を原料にした「桑皮紙(そうひし)」という紙が作られています。この桑皮紙の作り方は、言い伝えによると蔡倫の製紙法よりも古く、2000年以上も前からあると言われています。宋の時代(12世紀ごろ)には、和田の桑皮紙が公的な文書に使われていた記録があり、新疆では清朝や民国時代まで、お金や公文書、契約書などの大切な書類に桑皮紙がよく使われていました。中国の宋の時代に、世界で初めてのお金である交子(こうし)の材料としてもクワの木の皮が使われたことからも、その歴史的な重要性がわかります。最近では、中国などで、養蚕のために切ったクワの枝を集めて、紙の原料として使う技術が開発されています。さらに、年間20万トンもの紙を作る新しい工場も作られる予定で、クワが紙の原料として再び注目され、環境に優しい資源として活用されています。

クワの栽培における課題

クワは、いろいろな使い道があるため広く栽培されてきましたが、いくつかの問題点もあります。特に養蚕のえさとして使うことが多かったため、葉っぱの質や収穫量が大切にされてきました。しかし、クワは特定の虫に食べられやすく、春先の遅霜による被害を受けやすい植物でもあります。これらの問題は、養蚕業の生産や安定に大きな影響を与え、栽培する上で大切な課題となっています。一方で、福島県の桑の実の産地のように、養蚕のことを考えて農薬や化学肥料を一切使わないという昔ながらの栽培方法が、今の安全な食べ物を作る方法としても活かされており、クワの栽培における環境への配慮も進められています。

害虫

クワはカイコやその仲間だけでなく、たくさんの虫にとって食べ物となるため、いろいろな害虫の被害に遭うことがあります。代表的なガの幼虫としては、オビカレハ、アメリカシロヒトリ、クワゴマダラヒトリ、クワエダシャクなどがいます。特にクワエダシャクの幼虫は、クワの枝にそっくりなので、間違って剪定ばさみを当てようとすると、幼虫が体を硬くして落ちてきて、まるで土瓶が割れたような音がすることから「土瓶割り」という名前で呼ばれています。また、クワキジラミもクワの木によくいる害虫です。カミキリムシの仲間には、クワカミキリ、ゴマダラカミキリ、キボシカミキリ、シロスジカミキリ、ノコギリカミキリなど、クワの木を食べる種類がたくさんいます。これらのカミキリムシは農林業の害虫として知られており、林業試験場で研究されています。実験で使うために、クワの葉や木を材料にしてソーセージのような人工のえさも作られています。一方で、オオゴマダラカミキリのように幼虫がクワの古い木の腐った部分だけを食べるカミキリムシは、農林業に直接的な害を与えないため、害虫とは見なされていません。

霜害

養蚕が広まるにつれてクワの栽培も日本全国に広がりましたが、春先に最初に出てくる若葉は、遅霜の被害を受けやすいという問題がありました。霜害が起きると、クワの葉は黒くなってしまい、カイコのえさとしては使えなくなります。そのため、養蚕農家は次の葉が出てくるのを待つしかなく、その間、春のカイコの成長が止まってしまい、生産に大きな影響を与えました。昔は、日本の養蚕業にとって霜害は深刻な経済的な打撃を与えました。例えば、大正13年には全国で103万円、昭和2年には1000万円もの被害が出たとされています。これらの被害は、当時の物価から考えるととても大きく、養蚕農家の生活を揺るがすほどでした。そのため、霜に強いヤマグワを非常時のためのえさとして植えたりもしましたが、葉っぱの質が悪いヤマグワではカイコの成長が遅れるという問題もあり、解決には至りませんでした。

クワの神話・伝承・文学

クワは、その多岐にわたる用途に加え、古来より世界各地の神話、伝承、文学作品に登場し、象徴的な意味を持つ植物として広く親しまれてきました。その存在は、愛、魔除け、知恵、さらには宇宙の運行にまで結び付けられ、様々な文化的側面を形作っています。

神話・伝承

古代ギリシャ神話では、クワの実は元々白い色をしていたと伝えられています。しかし、オウィディウスの『変身物語』に描かれたピュラモスとティスベという二人の恋人の悲劇によって、その色が変わったという逸話が残っています。二人の恋人の赤い血が白い桑の実を染め、ピュラモスの血が直接かかった実は赤色に、ティスベの血を桑の木が大地から吸い上げた実は紫色になったとされています。「桑弓蓬矢(そうきゅうほうし)」という風習は、男児の誕生を祝う際に行われ、その子の将来の厄災を払い、立身出世を願うためのものでした。桑の木で作られた弓と、ヨモギの葉を羽根として取り付けた矢で、家の四方に向かって射るという儀式であり、その起源は古代中国に遡ります。日本では男子の厄除けの儀礼として根付きました。中国では、クワは特に神聖な木とされ、地理書『山海経』には、10個の太陽が昇るとされる神木「扶桑」が描かれています。羿(げい)という弓の名手が9個の太陽を射落とし、昇る太陽の数を1個にしたことで、天が平和になり地も喜んだとされており、クワが太陽の運行に関わる宇宙論的な役割を担っていたことを示唆しています。詩書『詩経』においてもクワは度々題材として取り上げられ、クワ摘みをする男女の飾らない恋模様が歌われています。さらに、清代の小説『紅楼夢』では、林黛玉の実家の東南に大きな桑の木が生い茂っていたという描写があり、物語に奥深さを与えています。日本においても、クワは神秘的な力を持つと信じられ、前述の薬効があることから、養蚕とともに広まりました。古代日本では、クワの木で作った箸や杖が中風を予防すると信じられており、鎌倉時代には「桑は是れ又仙薬の上首」と称賛されるなど、その神秘的な力が重んじられていました。

文学

クワは文学作品においても、特定の象徴として用いられることがあります。クワの花言葉は「知恵」とされており、古くから人々の生活に深く根ざし、その実用性や多面性が知恵の象徴として捉えられてきたことを示しています。

慣用句「桑原、桑原」

「桑原、桑原(くわばら、くわばら)」は、雷除けのおまじないとして広く用いられる言葉です。この言葉の由来には様々な説が存在します。最も有名な説は、大阪府に桑原村という地域があり、そこに雷が落ちた際、その井戸に蓋をしたところ、雷が「二度と桑原には落ちないから許してくれ」と懇願したというものです。この説では、クワの植物自体は直接的な関連性を持っていません。しかし、その他の説も存在します。例えば、福島村でクワの木に雷が落ちて雷が怪我をしたため、その後雷がその場所には落ちなくなったという説や、京都では雷がクワの股に挟まって消滅したため、雷鳴が聞こえる際には「桑木のまた」と唱えるようになったという説もあります。これらの伝承は、クワの木が雷から身を守る力を持つという信仰や、特定の場所が雷の被害から免れる聖域であるという民間信仰を背景に生まれたと考えられています。

Image

まとめ

クワは、単なる植物という枠を超え、太古の昔から現代社会に至るまで、人々の暮らしや文化に深い影響を与えてきた貴重な存在です。養蚕業の基盤を支える飼料として、絹織物文化の発展に貢献し、その経済的な価値は非常に大きなものでした。また、その果実は美味しく食べられる作物として愛され、「スーパーフード」としての高い栄養価、特に豊富なアントシアニンやビタミン、ミネラルは健康維持にも役立ちます。薬用としては、根皮、葉、枝、果実のそれぞれが漢方薬の原料として利用され、特に糖尿病予防効果が期待されるDNJ(デオキシノジリマイシン)の発見は、現代医学においても注目されています。木材としての硬さや美しい木目、製紙原料としての豊富な繊維質は、工芸品や楽器、紙製品へと姿を変え、その多岐にわたる利用価値を示しています。一方で、害虫や霜による被害といった栽培上の課題は、持続可能な生産のために克服すべき課題を示唆しています。しかし、福島県東和地区のように農薬を一切使用しない栽培の伝統は、現代の安心安全な食料生産への貢献を示すとともに、クワが持つ潜在的な可能性を広げています。さらに、ギリシャ神話や中国の古代の物語、日本のことわざに至るまで、クワは「知恵」や「厄除け」、「神聖な木」といった象徴的な意味を持ち、人々の精神生活にも深く根付いています。クワの物語は、自然と人間との共生の歴史、そして植物が秘めている計り知れない可能性を教えてくれます。今後、クワの隠された力がさらに明らかになり、その恩恵がより広く活用されることが期待されます。

クワの実は食べられますか?味はどのような感じですか?

はい、クワの実は食用可能です。一般的に、初夏に濃い紫色に熟したものが最も美味しく、甘酸っぱく、豊かな風味が特徴です。ラズベリーのような小さな粒が集まった集合果であり、品種によって甘さと酸味のバランスが異なります。十分に熟した実を食べると、口の周りや舌が紫色に染まることがあり、昔は子供たちにとって身近なおやつでした。完全に熟して真っ黒になった実では、一般的に想像されるベリー類のような強い酸味はほとんどなく、ナツメやプルーンのような甘さが感じられると表現されることもあります。生のまま食べるだけでなく、ジャム、ジュース、シロップ漬け、果実酒など、様々な方法で加工して楽しむことができます。

マルベリーとクワは同じものですか?

はい、マルベリー(Mulberry)はクワの英語名であり、基本的に同じ植物を意味します。特に、マルベリーという言葉はクワの果実を指す際に使われることが多く、庭木として、あるいは果樹園などで栽培される品種を指す場合にも用いられます。日本に自生するヤマグワや、養蚕に使われるマグワ、実を食用とするクロミグワなど、クワ属の植物全体を指す包括的な言葉として使用されます。

クワの名前の由来は何ですか?

クワという名前の由来にはいくつかの説がありますが、最も有力なのは、カイコ(蚕)がその葉を「食う葉(くうは)」と呼んだものが短縮されて「クワ」になったという説です。また、「蚕葉(こは)」という言葉が変化したという説もあります。どちらの説も、クワが古くからカイコの餌として非常に重要な役割を果たしてきたことに起因しています。

桑の葉は、私たちの健康にどのような良い影響を与えてくれるのでしょうか?

桑の葉には、特有成分である1-デオキシノジリマイシン(DNJ)が含まれており、食後の血糖値の急上昇を抑える効果があることで知られています。DNJは、糖を分解する酵素の働きを抑え、デンプンや砂糖の消化吸収を緩やかにする働きがあります。さらに、ルチンやケルセチンといったフラボノイド、各種ビタミン、ミネラル、GABAなども豊富に含有しており、血糖値の改善、肝機能のサポート、脂肪蓄積の抑制、血圧の安定、動脈硬化の予防など、多岐にわたる健康効果が研究によって示唆されています。乾燥させた桑の葉を桑茶として飲むことで、これらの健康への恩恵が期待できます。中でも、桑の葉を粉末にしたものは、栄養を余すことなく摂取できるため、特に人気があります。

桑の実が最も美味しい時期はいつ頃ですか?また、どのように入手できますか?

桑の実が旬を迎えるのは、初夏の頃、中でも6月が収穫のピークです。生の桑の実は非常に傷みやすいため、市場に出回ることはほとんどありません。新鮮な桑の実を味わうには、産地へ直接足を運ぶか、期間限定のオンライン販売などを利用するのがおすすめです。一般的には、冷凍の桑の実や、ジャム、ジュース、シロップ漬け、ドライフルーツといった加工品として広く販売されています。

桑の実には、どのような栄養成分が含まれているのでしょうか?

桑の実は、その栄養価の高さから「スーパーフード」としても注目されており、強い抗酸化作用を持つアントシアニンを豊富に含んでいます。その他にも、ビタミンA、ビタミンC、ビタミンEなどのビタミン類や、鉄分、カルシウム、カリウムなどのミネラルも豊富です。特に、カリウムは体内の余分な塩分を排出するのを助け、むくみ対策にも効果が期待できます。さらに、植物が自らを守るために作り出すフィトケミカルも豊富に含まれており、健康を維持する上で非常に魅力的な果実と言えるでしょう。

クワ