チーズの絵といえば、大きな穴があいたものを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。その代表格が、スイス原産の「エメンタールチーズ」です。日本ではまだ馴染みが薄いかもしれませんが、実は「チーズの王様」とも呼ばれるほど、世界中で愛されているチーズなのです。アニメや絵本でよく見かける、あの穴あきチーズのモデルこそが、エメンタール。今回は、そんなエメンタールチーズの知られざる正体と、あの特徴的な穴の秘密に迫ります。
イラストでおなじみ!穴あきチーズの秘密:エメンタールチーズとは?
チーズの絵柄としてよく見かける、あの大きな穴が特徴的なチーズ。「穴あきチーズ」として広く知られていますが、実際に日常的に食べる機会は少ないかもしれません。ラジオネーム「おもちねずみ」さんからも「チーズのイラストといえば穴あきチーズですが、あれは何というチーズですか?なぜ穴があいているのかも知りたいです!」という質問が寄せられるほど、その正体と穴のメカニズムは多くの人の関心を引きます。この穴あきチーズの代表格が、スイス原産のハードタイプである「エメンタールチーズ」です。ドイツ語圏では「エメンターラー(Emmentaler)」とも呼ばれます。日本ではまだ一般的ではないかもしれませんが、ヨーロッパなどでは「チーズの王様」と称されるほど有名なチーズで、アニメ『トムとジェリー』や『アルプスの少女ハイジ』など、様々な作品で穴あきチーズのモデルとして登場しています。ネズミがチーズを食べるイメージがありますが、実際にはほとんど食べないそうです。しかし、これらの作品がエメンタールチーズのイメージを世界に広めたことは間違いありません。エメンタールチーズの最大の特長は、何と言っても“チーズアイ”と呼ばれる大きな穴です。風味はマイルドで口当たりも良く、ナッツや木の実のような香ばしい香りが楽しめます。そのまま食べても美味しいですし、様々な料理にも活用できます。特に、チーズフォンデュに使われるチーズとして有名ですが、丸ごと一個のエメンタールチーズを見たことがある人は少ないのではないでしょうか。スーパーなどで売られているエメンタールチーズは、カットされて真空パックされたものがほとんどですが、本来は重さ100kg前後、直径1mにもなる巨大な円盤形で、“世界最大のチーズ”とも言われています。この巨大なチーズを一つ作るためには、約1200リットルもの牛乳が必要とされます。
エメンタールチーズのルーツと故郷:スイスの伝統が生んだ味
世界最大のチーズと言われるエメンタールチーズは、スイス中央部に位置するベルン州のエンメ川が流れるエンメ谷(エメンタール)が発祥の地です。名前の由来は、「エンメ谷のチーズ」を意味する“エメンターラー”から来ています。エメンタールチーズの製法が確立されたのは12世紀頃とされ、長い歴史を持つ伝統的なチーズです。現在では、スイス中央部から北部にかけてのドイツ語圏を中心に生産されています。エンメ谷周辺は、国土のほとんどが山地のスイスの中でも、広大な牧草地帯に昔ながらの農家が点在する、のどかで美しい丘陵地帯です。この豊かな自然環境が、エメンタールチーズ独特の風味と品質を育んでいます。九州ほどの面積しかないスイスですが、その風土に根ざしたチーズの種類は数百にも及ぶと言われています。長い冬を越すための保存食として、ハードタイプの「山のチーズ」が発展してきました。エメンタールチーズもその一つであり、故郷であるエンメ谷には、チーズ作りを見学できる施設などもあります。美しい景色を楽しみながら、電車やバスを乗り継いで訪れてみるのも良いでしょう。この地域特有の気候や土壌、そしてそこで育つ牧草が、チーズの原料となる牛乳、ひいてはチーズそのものの風味に影響を与える「テロワール」を形成し、エメンタールチーズの品質を支えているのです。
エメンタールチーズの製造工程:ミルクへのこだわりと二段階熟成
アルプスの山々を背景にした美しい田園地帯で作られるエメンタールチーズは、スイス国を挙げて乳製品の品質管理を徹底しているため、原料となる牛乳にも強いこだわりがあります。乳牛の飼料は、新鮮な牧草と干し草が中心で、遺伝子組み換えの穀物飼料の使用は禁止されています。穀物飼料自体は使用可能ですが、その品質は厳しく管理されています。さらに、集乳範囲をチーズ製造所から30km以内に限定することで、その土地固有のテロワール(地域特有の環境)を大切にし、牛乳の鮮度を最大限に保っています。このように厳選された高品質な牛乳は、大きな銅鍋に集められ、乳酸菌と、エメンタールチーズの大きな特徴である穴を形成するプロピオン酸菌が加えられます。その後、レンネット(凝乳酵素)を加えて牛乳を凝固させ、固まったミルクを細かくカットして水分(ホエイ)を取り除きます。水分をさらに抜くために型に入れてプレスした後、チーズを塩水に浸して塩分を加えます。塩水に浸けた後、約2週間の乾燥期間を経て、熟成工程に入ります。エメンタールチーズの熟成は特徴的で、まず19~24℃の高温環境で3~10週間熟成させます。この最初の高温熟成期間が、エメンタールチーズの特徴を作り出す重要な期間であり、プロピオン酸菌が活発に活動し、二酸化炭素を発生させることで、私たちが目にする大きな気泡が生まれます。その後、二段階目として11~14℃の低温環境でさらに熟成を進めます。こうして最低でも4カ月間の熟成期間を経たエメンタールチーズは、内部に気泡ができた分、外側もふっくらと膨らんだ形になるのが特徴です。
チーズの穴はなぜできる?科学的な理由と二つの仮説
チーズに穴ができる理由は、まだ完全に解明されているわけではありません。現在、有力な説として二つの仮説が存在します。これらの説は、長年の研究と技術の進歩によって、内容が更新されてきました。
プロピオン酸菌による二酸化炭素発生のメカニズム:定説の背景
一つ目の説は、プロピオン酸菌が生み出す二酸化炭素が関与するというものです。エメンタールチーズは、加温した牛乳に乳酸菌を加え、その後、凝乳酵素とプロピオン酸菌を加えることで作られます。このプロピオン酸菌を牛乳に加えて一定の温度で熟成させると、チーズの内部で酢酸が生成され、同時に二酸化炭素が発生します。この二酸化炭素の気泡がチーズの内部に閉じ込められ、直径1~3cm程度の大きな孔となって凝固することで、特徴的な穴(チーズアイ)が作られる、というのがこの説の概要です。この説は、1917年にアメリカ人研究者によって提唱されて以来、長きにわたりチーズの穴の形成理由として広く受け入れられてきました。プロピオン酸菌が盛んに活動する初期の熟成期間が、エメンタールチーズ特有の大きな孔を形成する上で非常に重要であると考えられています。
生乳中の植物性由来の粒子による穴形成説:新たな視点
しかし、長年支持されてきたプロピオン酸菌説に加え、2015年にはスイスの研究者グループが、チーズの穴の形成に関する新しい研究結果を公表しました。この新たな説では、チーズの原料となる生乳に混入する植物由来の小さな粒子が、チーズに穴を形成する主要な要因であると主張されています。植物由来の粒子がチーズの内部で核のような役割を果たし、その周囲にガスが集まることで穴が形成されるというメカニズムです。この説の妥当性を示す具体的な観察データも存在します。近年、衛生管理技術や搾乳技術の向上により、生乳への植物由来の粒子の混入は大幅に減少しています。これに伴い、現代のチーズの穴は以前と比べて小さく、数も少なくなっていることが確認されており、この現象が新しい説を強く支持するものとなっています。
エメンタールチーズの様々な楽しみ方:伝統と革新
スイス原産の高品質なエメンタールチーズは、その穏やかな風味とナッツを思わせる芳醇な香りを活かして、多種多様な方法で味わうことができます。まず試していただきたいのは、スイスを代表する料理、チーズフォンデュです。加熱することでより美味しくなるチーズなので、チーズフォンデュ以外にも、バゲットに乗せて焼いたり、ピザの具材として使ったり、オムレツに混ぜたりするのも良いでしょう。さらに、キッシュやタルト、ケーク・サレ、パイ、フリッター、ホットサンドなど、様々な加熱料理に利用できます。少し溶けた状態も格別な味わいなので、ハンバーガーに挟んだり、焼いた肉の上にトッピングしたりするのもおすすめです。もちろん、そのまま生で食べることもできます。ナッツのような香りが特徴なので、同じくナッツと相性の良い蜂蜜をかけて食べることで、その風味を最大限に引き出すことができます。薄く切ってサンドイッチやサラダ、カナッペやオープンサンドに添えるのはもちろん、細く削ってタコスやブリトーなどに加えることも可能です。クセがなくあっさりとした味わいは、料理のジャンルや国籍を問わず合わせやすく、非常に使い勝手が良いのが特徴です。このような汎用性の高さも、エメンタールチーズが世界中で愛される理由の一つでしょう。非常に便利なチーズなので、冷蔵庫に常備しておくと重宝するはずです。ただし、チーズフォンデュを作る際は、エメンタールチーズだけでは分離しやすかったり、ゴムのような食感になったりすることがあるため、グリュイエールやコンテなどのチーズと混ぜて使うのがおすすめです。個人的には、フォンデュにするならスイス産の「ヴァシュラン・フリブルジョワ」と「レティヴァ」をブレンドするのがおすすめです。
チーズアイが示すもの:技術の進歩とチーズ文化の未来
チーズの穴は、その見た目から「眼」に例えられ、「チーズアイ」と呼ばれています。前述のように、近年の衛生管理技術や搾乳技術の向上は素晴らしいことですが、その一方で、生乳中の植物由来の粒子の混入が大幅に減少した結果、チーズアイの減少、あるいは将来的な消失の可能性を考えると、長年のチーズ愛好家にとっては少し寂しいかもしれません。しかし、このチーズアイは単なる製造上の特徴ではなく、エメンタールチーズの長い歴史と、スイスの豊かなチーズ文化の一部として、多くの人々に記憶され続けることを願っています。技術の進歩がもたらす変化の中で、チーズアイが持つ文化的価値をどのように維持し、次世代に伝えていくかが、今後のチーズ業界にとっての課題となるでしょう。
まとめ
絵柄などでお馴染みの穴あきチーズといえば、代表的なのがスイスのエメンタールチーズで、「チーズの王様」として世界中で愛されています。直径1メートル、重さ100キログラムにも達する巨大な円盤状の形状をしており、その発祥はスイス中央部のエンメ川流域です。12世紀に製法が確立されて以来、上質な牛乳を原料とし、独特な二段階熟成を経て製造されています。特徴的な「チーズアイ」と呼ばれる穴の生成については、かつてはプロピオン酸菌がつくり出す炭酸ガスが主な原因だと考えられていましたが、近年の研究では、生乳に混入する牧草由来の微細な粒子が穴の形成に大きく影響しているという新しい説が有力視されています。衛生管理の向上により穴の数は減少傾向にありますが、エメンタールチーズはそのまま味わうのはもちろんのこと、チーズフォンデュをはじめとする様々な加熱料理やサラダなど、幅広い用途で活躍する万能なチーズです。この「チーズアイ」は単なる見た目の特徴に留まらず、チーズの歴史と文化を伝える重要な要素として、これからも人々の記憶に刻まれることでしょう。
穴あきチーズの代表的な種類は何ですか?
穴あきチーズの代表格は、スイス原産の「エメンタールチーズ」です。ドイツ語圏では「エメンターラー」とも呼ばれます。ハードタイプに分類され、「チーズの王様」とも称されるこのチーズは、穏やかな風味とナッツのような香りが特徴で、チーズフォンデュの材料としてもよく用いられます。
エメンタールチーズはなぜ「世界最大のチーズ」と呼ばれるのですか?
エメンタールチーズは、その大きさ、つまり丸々一個の重さが約100キログラム、直径が約1メートルにも及ぶ巨大な円盤形であることから、「世界最大のチーズ」という異名を持っています。この巨大なチーズを一つ作るためには、およそ1200リットルもの牛乳が必要とされます。
チーズの穴はなぜ「チーズアイ」と呼ばれるのですか?
チーズに空いた穴は、その見た目がまるで動物の眼のように見えることから、「チーズアイ」という愛称で呼ばれるようになりました。
チーズの穴の理由は完全に解明されているのでしょうか?
チーズの穴の生成メカニズムは、実のところ、いまだに完全に解明されているとは言えません。しかし、現在では主に二つの有力な仮説が存在します。一つは、プロピオン酸菌が生成する二酸化炭素が原因であるという説(1917年提唱)、そしてもう一つは、生乳に含まれる小さな干し草の粒子が核となるという新しい説(2015年提唱)です。
エメンタールチーズは、どのような料理に合うのでしょうか?
エメンタールチーズは、穏やかな風味と滑らかな口当たり、そしてナッツのような香りが持ち味で、そのまま味わうのはもちろんのこと、様々な料理に応用できます。特に、スイスを代表するチーズ料理であるチーズフォンデュには必要不可欠なチーズとして知られています。その他にも、バゲットトースト、ピザ、オムレツ、キッシュ、ハンバーガー、サンドイッチ、サラダといったように、加熱調理からそのまま食べる場合まで、幅広い楽しみ方が可能です。
エメンタールチーズは、どこで生産されているのでしょうか?
エメンタールチーズは、スイス中央部のベルン州にあるエンメンタール(エンメ谷)が発祥の地とされています。12世紀にその製法が確立され、現在ではスイスの中央部から北部にかけて広がる、主にドイツ語圏の広い地域で、伝統的な製法に則って製造されています。