ブドウ栽培者にとって、黒とう病は悩みの種。気づけば葉や果実に黒い斑点が広がり、収穫量を大きく減らすことも。世界中でブドウが栽培される中、気候変動の影響もあり、黒とう病はますますその存在感を増しています。この記事では、黒とう病の原因、症状、そして対策について、わかりやすく解説します。ブドウの異変に気づいた時、「これって黒とう病?」という疑問を解決し、大切なブドウを守るための知識を身につけましょう。
ブドウ栽培と病害:世界的な視点と黒とう病の台頭
ブドウは、世界中で最も広く栽培されている果樹の一つであり、その栽培は様々な気候条件下で行われています。この多様な環境が、それぞれの地域でブドウが直面する病害の種類を左右する要因となっています。伝統的なワイン生産地であるヨーロッパでは、長年にわたりベト病、ウドンコ病、灰色かび病が三大疾病として知られてきました。これらの病気はブドウの品質や収穫量に大きな影響を与えるため、やっかいな存在です。近年では、木部病害であるESCAも重要な病気として認識されています。しかし、日本やタイ、アメリカ東海岸などの高温多湿な地域では、事情が大きく異なります。これらの地域では、上記の三大疾病に加えて、黒とう病や晩腐病といった病気がより大きな被害をもたらし、ブドウ栽培における主要な脅威となっています。特に黒とう病は、近年注目度が高まっている病害です。その背景には、地球規模で進行している気候変動があります。世界各地で年平均気温の上昇や降雨量の変化が見られ、これまで比較的涼しく乾燥していた地域でも、湿度や温度が上昇する傾向にあります。その結果、これまで黒とう病の感染リスクをあまり考慮する必要がなかった地域でも、感染の可能性が徐々に高まってきています。黒とう病は日本では古くから知られている病気ですが、その病原菌の生態や感染メカニズムについては、まだ不明な点が多く残されています。そのため、この病気を理解し、対策を講じることが、持続可能なブドウ栽培を行う上で非常に重要となります。
黒とう病の定義と歴史的影響
黒とう病は、雨によって感染が広がるブドウの重要な病害であり、ヨーロッパ原産のカビによって引き起こされます。この病気は、アメリカ大陸原産のベト病やウドンコ病がヨーロッパに侵入する以前には、ブドウ栽培において最も恐れられていた病害の一つでした。その名の通り、ブドウの様々な部位に黒い斑点を形成することが特徴で、放置すると収穫を全滅させてしまう可能性もあるほど、ブドウの生育と収量に大きな打撃を与えます。特に、新梢、若葉、花穂、幼果、巻きひげなど、ブドウの柔らかい緑色の部分に感染しやすく、病斑が形成されることで植物の光合成能力や成長が阻害されます。この病気は水滴を介して感染が広がるため、降雨量の多い環境や時期に特に発生しやすい傾向があります。欧州系品種のブドウは、一般的に黒とう病に対する抵抗力が弱いため、栽培にはより一層の注意が必要です。このように、黒とう病はその歴史的な背景からも、また現代の栽培環境においても、ブドウ栽培農家が最も警戒すべき病害の一つと言えます。深刻な被害からブドウを守るためには、病原菌の特性を理解し、適切な予防策と発病後の迅速な対処が欠かせません。
病原菌Elsinoë ampelinaの科学的側面
黒とう病の原因菌は、植物病原体であるカビの一種で、「Elsinoë ampelina (Elsinoë ampelina Shear E. viticola Raciborski)」という学名で知られています。このカビは、特にブドウに感染するタイプの病原菌であり、世界中で様々な名前で呼ばれていますが、一般的には「Anthracnose(アントラノーズ)」、日本語では「炭疽病」として知られています。この病原菌の詳しい生態や感染メカニズムについては、まだ不明な点が多くありますが、その越冬能力と雨による伝播性が、ブドウ栽培において厄介な存在となる主な要因です。
初期症状と特徴的な病斑(バードアイ様病斑)
黒とう病は、ブドウ栽培において深刻な問題を引き起こす病害であり、その影響は新梢、若葉、花穂、若い果実、巻きひげといった、ブドウの柔らかい緑色の組織全般に及びます。感染した部位には独特の病変が現れ、ブドウの健全な成長を妨げます。初期段階では、葉や若い枝に小さな暗色の斑点が現れます。これらの斑点は徐々に拡大し、中心部が灰白色に変化し、周囲が黒く盛り上がった縁取りで囲まれるようになります。この外観が鳥の目のように見えるため、「バードアイ様病斑」と呼ばれることもあります。病斑の中心部にはわずかな窪みが見られることが特徴です。黒とう病は、まるでブドウに炭疽症のような症状を引き起こし、特に柔らかい組織であれば、葉、葉柄、茎、つる、果皮、果実のいずれの部分にも感染する可能性があります。
葉・新梢における症状の進行
特に若葉では、多数の病斑が形成されると葉が縮れたり、変形したりすることがあり、光合成能力が大幅に低下します。感染した葉の古い病斑部分は徐々に壊死し、最終的には中心部に小さな穴が開くこともあります。また、この壊死した部分に他の病原菌が二次感染し、複数の病気が複合的に発生することで、ブドウの生育をさらに阻害する可能性があります。新梢に感染した場合、病斑は縦方向に拡大し、最終的には亀裂が生じ、重症化すると枝の先端が枯死することがあります。これにより、水分や養分の供給が滞り、ブドウの成長が妨げられるだけでなく、翌年の新梢の発生にも悪影響を及ぼします。
花穂・果実への影響と収量・品質への壊滅的被害
花穂や幼果が感染すると、開花が阻害されたり、果実が肥大せずに硬化し、黒く変色することがあります。特に幼果の段階で感染した場合、その果実は完全に成長を停止し、商品価値を失うため、収穫量に大きな損失をもたらします。巻きひげも感染の対象となり、病斑が形成されると、その機能を果たせなくなり、枝の支持が不安定になることがあります。症状が進行すると、早期落葉、果実の落下、枝の折れ、果実の発育遅延や成熟不良などを引き起こし、これらの症状はブドウの光合成能力を低下させ、品質の低下や収穫量の減少に直接つながります。一度病気に侵された部位は元の状態に戻ることはないため、早期発見と適切な対策が不可欠です。一般的に、ヨーロッパ系のブドウ品種は黒とう病に対する感受性が高いため、これらの品種を栽培する際には、より一層の注意深い管理と観察が求められます。
収量減少の数値的証拠とブドウの生化学的変化
黒とう病による一般的な収量減少は10〜15%程度とされていますが、感受性の高い品種では、感染の程度によっては収穫を完全に失う可能性もあります。過去の研究では、この病気に感染した枝の乾燥重量が最大で80%も減少したという報告があり、ブドウの生育が著しく阻害されることが示唆されています。黒とう病の被害は、収量の減少や生育不良といった直接的な影響に留まりません。感染した果実では、糖度やフェノール化合物の減少、リン脂質の増加が確認されています。また、葉ではクロロフィルやカロテノイドの減少、特定のアルデヒド類の増加が見られます。これらの生化学的な変化を通して、ブドウ本来の品質、ひいては加工品の品質にまで影響が及び、経済的な損失につながる可能性があります。
病原菌の増殖様式と越冬戦略
黒とう病を引き起こすElsinoë ampelinaは、有性生殖と無性生殖の両方で繁殖できますが、主に無性生殖によってその数を増やします。この菌は、感染したブドウの枝や巻きひげの病変の中で菌糸の状態で冬を越します。病原菌が生きて越冬するためには、必ずしも生きた組織である必要はありません。剪定された枝や、支柱に残った巻きひげなど、枯れているように見える部分にも病原菌が潜んでいることがあります。菌の生存期間は長期間に及ぶため、一度感染した場所では、翌年以降も継続して病気が発生する可能性が非常に高いです。この驚異的な越冬能力こそが、黒とう病をブドウ栽培において根絶が難しい問題としている大きな理由の一つです。
病原菌の活動開始条件と胞子形成
病変部で越冬した菌は、特定の条件が揃うと活動を再開します。具体的には、気温が2℃を超え、かつブドウの表面が24時間以上湿った状態が続くと活動を開始します。活動を始めた菌糸は、感染した組織の中に胞子が入った袋である胞子嚢を形成し、そこから胞子を放出します。この胞子の生成量は、周囲の湿度に大きく左右されます。胞子は非常に小さく、軽いため、主に雨水によって洗い流され、風に乗って効率的に拡散します。
胞子の発芽・感染条件と環境要因の影響
放出された胞子は、2℃から32℃という幅広い温度範囲で発芽し、感染する可能性があります。しかし、そのためには最低12時間、ブドウの表面が水分で覆われている必要があります。つまり、雨や多湿な環境が感染の拡大に必要不可欠なのです。胞子の発芽と感染の拡大は主に降雨量に影響を受け、降雨量が多い時期や、雨が続いたり湿度が高い状態が続くと感染のリスクが非常に高まります。また、発芽率や潜伏期間は温度の影響を強く受け、最適な湿度環境下では、わずか24時間で95%もの胞子が発芽するという驚異的な増殖能力を持っています。
組織への侵入と二次感染の連鎖
発芽した胞子はブドウの組織に侵入し、内部で菌糸を広げて組織を破壊します。その後、さらに新しい胞子嚢を作り、そこから再び胞子を放出することで、周囲の組織や他のブドウの木へと二次感染を広げていきます。このような二次感染も、最初の感染と同様に、湿度と降雨の影響を強く受けます。特に、ブドウの発芽時期から梅雨明けまでの4月から7月は、降雨が多く高温多湿になりやすいため、黒とう病が最も活発に発生します。これは、黒とう病の増殖サイクルが非常に速いことを意味します。芽が出たばかりの若い葉や枝は特に感染しやすいため、この時期が最も注意すべき時期であると認識することが重要です。
黒とう病への包括的な対策と予防:物理的防除から栽培管理まで
黒とう病への効果的な対策は、越冬した病原菌の数を減らす予防策と、発病後の防除を組み合わせた総合的なアプローチが不可欠です。この病気は、いったん感染すると元の状態に戻すことができないため、予防こそが最も重要な対策となります。
物理的防除の重要性:雨よけによる感染リスクの徹底的な軽減
黒とう病対策で最も効果的かつ根本的な方法は、ブドウの木を「雨に当てない」ことです。黒とう病の病原菌は雨によって拡散するため、雨に当たらなければ感染リスクは大幅に減少します。この物理的な対策は、薬剤散布に頼るよりも環境への負担が少なく、持続可能な栽培方法として強く推奨されます。大規模なブドウ園では、ビニールハウスや雨よけトンネルの設置が有効です。これにより、雨だけでなく湿度管理も容易になります。設備投資が難しい場合は、鉢植えやプランターでの栽培も有効です。鉢植えであれば、ベランダや軒下など雨が直接当たりにくい場所へ移動させることで、簡易的な雨よけ栽培が可能です。これにより、黒とう病の発生リスクを大きく軽減できます。
越冬源の徹底的な除去と園地の衛生管理
黒とう病の原因菌は、前年に感染した部位で越冬するため、越冬菌数を減らすことが発生率の抑制につながります。感染した植物組織の生死は関係なく、剪定後の枝やワイヤーに残った巻きひげなど、枯れているように見える部位にも病原菌が数年間残存する可能性があります。そのため、冬の休眠期に行う剪定作業は、樹形を整えるだけでなく、越冬源を徹底的に除去する重要な機会となります。黒とう病に感染した枝は翌年の栽培には使用できないため、切除して園地外で処分することが重要です。園地の地面に放置したり、堆肥として利用したりすることは避けてください。地面に捨てると、病原菌が再び活動を開始し、新たな感染源となります。焼却処分するか、袋に入れて密封し、地域の廃棄物処理ルールに従って適切に処分してください。巻きひげも重要な越冬源となるため、見落とさずに取り除く必要があります。巻きひげは冬になると硬く除去が困難になるため、春から夏の生育期間中に、管理作業の一環としてこまめに除去することが望ましいです。特に若木が黒とう病に感染すると、生育に深刻な影響を及ぼし、枯れてしまうこともあるため、早期からの徹底した越冬源除去が重要です。
計画的な薬剤散布による化学的防除戦略
雨よけ栽培が難しい露地栽培や、完全な雨よけが不可能な場合は、こまめな薬剤散布が重要です。黒とう病の予防は、病原菌の感染が活発になる「重点防除期」を的確に把握することが重要です。この病気の予防には複数の殺菌剤が効果的であり、特にジチオカルバメート系、メチル-ベンゾイミダゾール-カルバメート系、カルベンダジム系の薬剤が菌の発芽や増殖を抑制します。従来のベト病やウドンコ病対策薬が黒とう病にも有効と考えられていますが、有効性がないとする報告もあるため、黒とう病に特化した薬剤を使用することが確実な予防につながります。主な重点防除期と推奨される薬剤の例は以下の通りです。
- ①休眠期(春先):デランフロアブル
- ②展葉2~3枚:オンリーワンフロアブル
- ③展葉5~6枚:ドーシャスフロアブル
- ④展葉9~10枚:オーソサイド水和剤80
これらは薬剤散布の一例であり、ブドウの木の状態、品種、栽培地域の気候条件、周辺の病害発生状況などによって、最適な薬剤や散布時期は異なります。薬剤を使用する際は、必ず最新の農薬登録情報を確認し、使用上の注意点を守ってください。特にデランフロアブルは医薬用外劇物に指定されているため、インターネットでの購入はできず、ホームセンターやJAでの取り寄せが必要です。取り扱いには十分な注意と専門知識が求められます。薬剤散布の中でも特に重要なのは、休眠期と展葉2~3枚の時期の防除です。初期段階で感染を防ぐことができなければ、その後の発生を抑えることが難しくなります。黒とう病は、芽吹いた直後の若い葉や枝に感染しやすいため、この時期が最も危険です。防除を徹底し、感染させないことが重要です。この対策は、過去に黒とう病が発生した畑で特に重要です。Elsinoë ampelinaの生存期間は数年間とされているため、前年に発症が見られなくても、過去に発症した履歴があれば、早期からの対策が必要です。薬剤散布の必要性は、ブドウの品種によっても異なります。上記の薬剤散布例は、黒とう病に弱いとされる「シャインマスカット」を露地栽培する場合の参考です。デラウェアやスチューベンなど、黒とう病に比較的強い品種であれば、薬剤散布の回数を減らせる可能性があります。品種ごとの被害の差については、関連動画などを参考にすると理解しやすいでしょう。結論として、ブドウを露地栽培する場合は、適切な時期に適切な薬剤を散布することが不可欠です。薬剤散布が難しい場合は、「鉢植え・プランターで栽培し、ベランダや軒下などの雨が当たりにくい場所で管理する」ことを推奨します。
各種薬剤の使用可否は国や地域によって異なります。この記事では各薬剤の許認可の有無は確認していません。ご使用はお住まいの国や地域のルールに則った上でご自身の責任の下で行ってください。
感染が確認された場合の緊急対処と二次被害の抑制
万全な予防策を講じていても、残念ながらブドウの木が黒とう病に感染してしまうことがあります。感染が確認された際には、迅速かつ適切な対応が不可欠です。まず、感染した枝葉を速やかに剪定・除去します。これを怠ると、感染部位が新たな病原菌の発生源となり、病気が木全体、さらには周囲の健全なブドウの木にまで広がる危険性があります。剪定の際は、病斑が見られる部分だけでなく、その周辺の健全な部分も少し広めに切り取ることで、目に見えない範囲に広がっている可能性のある病原菌を確実に除去します。除去後は、速やかに薬剤散布を行います。発病後の薬剤散布は、残存する病原菌の活動を抑制し、病気の拡大を防ぐために非常に重要です。しかし、発生時期や栽培地域によって最適な薬剤は異なるため、一概に「この薬剤が絶対」とは言えません。市販の農薬はそれぞれ特性が異なり、対象となる病原菌の種類、病害の進行度合い、適用作物、使用時期などが細かく定められています。そのため、薬剤を選定する際は、必ず最新の農薬登録情報を確認し、専門家や地域の農業指導機関に相談することをお勧めします。ご自身のブドウの木の状態や周辺環境を考慮し、製品の指示をよく読んでから使用してください。迅速な剪定と適切な薬剤散布を組み合わせることで、病気の蔓延を最小限に抑え、ブドウの木を守ることが可能です。
黒とう病対策の最前線:耐性品種(PIWI)の開発と未来のブドウ栽培
近年、黒とう病は世界中のブドウ栽培地域で再び注目を集めています。その背景には、地球温暖化に伴う高温多湿化による感染リスクの増大と、ワイン用ブドウの主要品種であるVitis vinifera種がこの病気に対する耐性を持たないという課題があります。病気の感染メカニズムには未解明な部分も残されていますが、有効な薬剤などの対処法は確立されています。しかし、薬剤の使用は環境への負荷が懸念され、その使用を控える傾向が強まっています。また、薬剤だけでは病気を完全に抑制することは困難です。そこで注目されているのが、黒とう病への「耐性品種」の開発です。ベト病、ウドンコ病、灰色カビ病に対しては、すでに耐性品種の開発が進められており、「Piwi(ピーヴィー)」として知られています。黒とう病に対しても同様のアプローチが始まっています。Piwi品種の情報は、PIWI International (https://www.piwi-international.de/de/) などで公開されており、Cabernet Blanc、Cabernet Jura、Muscarなどの品種が紹介されています。
科学的な研究により、黒とう病の原因菌であるElsinoë ampelinaに対する感受性はブドウの品種によって異なることがわかっています。Vitis vinifera種(欧州系品種)は非常に感受性が高く、被害を受けやすい一方、Vitis labrusca種(米国系品種)を含むいくつかの品種では耐性が確認されています。現在、研究機関では、これらの耐性品種が持つ抵抗性遺伝子の特定が進められており、将来的な交配品種の開発への応用が期待されています。ブドウ栽培の現場では、農薬の使用量を削減することが重要な課題となっており、環境に優しく持続可能な栽培を実現するためには、Piwiをはじめとする高抵抗性品種の開発と育種が不可欠です。しかし、これらの取り組みは、ワインの味や香りに変化をもたらす可能性があり、必ずしも消費者や生産者に受け入れられているとは限りません。実際、生産者の中には強い拒否感を示す人もおり、Piwi品種は普及において課題を抱えています。健全なブドウが育たなければ、良質なワインを造ることはできません。ブドウを健全に育てるための品種改良がどこまで受け入れられるかによって、栽培家の労力は大きく変わります。病気のリスクが増大し続けるブドウ栽培とワイン造りの現場は、今まさに大きな転換期を迎えています。
まとめ
ブドウ栽培において、黒とう病は湿度が高い地域や気候変動の影響を受けやすい地域で特に重要性を増している病害です。ヨーロッパ原産のカビである「Elsinoë ampelina (Elsinoë ampelina Shear E. viticola Raciborski)」、一般に「炭疽病」として知られていますが、これによって引き起こされます。ブドウの新梢、若葉、花穂、幼果、巻きひげなど、柔らかい緑色の部分に感染し、収穫量を全滅させる可能性さえあります。その症状は、中心に小さなくぼみがあるバードアイ病斑や葉の穴あき、新梢の亀裂、果実の硬化・変色など多岐にわたります。さらに、果実の糖度やフェノール化合物の減少といった品質低下も引き起こします。この病気は雨によって伝播し、特に4月から7月の降雨が多い時期に発生しやすくなります。病原菌は気温2℃以上、湿潤状態が24時間以上続くと活動を開始し、2〜32℃で発芽・感染しますが、この際も最低12時間の水分が必要です。さらに、感染した枝や巻きひげだけでなく、剪定後の枯れた枝の中でも数年間生存し、翌年の感染源となる可能性があります。若木への感染は致命的なダメージを与えるため、予防が最も重要です。最も効果的な予防策は物理的な「雨よけ」であり、ビニールハウス、雨よけトンネル、鉢植えでの簡易的な雨よけなどが有効です。雨よけが難しい場合は、休眠期や展葉初期などの重点防除時期に合わせた計画的な薬剤散布が不可欠です。デランフロアブルやオンリーワンフロアブルなどの薬剤が例として挙げられるほか、ジチオカルバメート系、メチル-ベンゾイミダゾール-カルバメート系、カルベンダジム系の殺菌剤も効果があります。使用にあたっては、常に最新の情報を確認し、細心の注意を払う必要があります。感染が確認された場合は、感染部位の速やかな切除と園地外での適切な処分、そして緊急の薬剤散布が必要です。さらに、農薬使用による環境負荷への懸念から、Piwiに代表される高抵抗性品種の開発が黒とう病対策の最前線として注目されていますが、ワインの品質や消費者の受容性といった課題も存在します。黒とう病は一度感染した部位が元に戻らないため、徹底した予防と早期発見・早期対処、そして将来的な品種改良への理解が、健全なブドウ栽培を維持するための鍵となります。この記事で紹介した知識と対策を実践し、大切なブドウの木をこの病害から守りましょう。
黒とう病とはどんな病気ですか?
黒とう病は、ブドウに発生する重要な病害の一つで、ヨーロッパ原産の「Elsinoë ampelina (Elsinoë ampelina Shear E. viticola Raciborski)」というカビが原因です。一般的には「炭疽病」とも呼ばれています。雨によって病原菌が広がり、ブドウの新梢、若葉、花穂、幼果、巻きひげといった柔らかい緑色の部分に感染し、黒い斑点を形成して生育を阻害します。放置すると、収穫量の大部分を失う可能性もある深刻な病気です。
黒とう病の主な症状とは?
黒とう病の症状は一様ではありませんが、初期段階では葉や若い枝に小さな黒っぽい斑点が現れます。これらの斑点は徐々に、中心が灰白色で周囲が黒く盛り上がった特徴的な「バードアイ病斑」へと進行します。この病斑の中心にはわずかな窪みが見られるのが特徴です。葉に発生した古い病斑部分は壊死して穴が開き、若い葉は縮れたり奇形になったりすることがあります。若い枝では縦方向に亀裂が入り、最終的には枯死することもあります。花穂や幼果が感染すると、花が枯れてしまったり、果実が硬化・変色して成長が止まったりします。症状が重くなると、早期の落葉や果実の落下、茎の折れ、果実の発育不良などが起こります。
黒とう病がブドウの品質に及ぼす影響は?
黒とう病は収穫量を減らすだけでなく、ブドウの品質にも深刻な影響を及ぼします。感染した果実では、糖度やフェノール化合物の減少、リン脂質レベルの上昇が確認されており、これはワインやジュースの品質に直接影響します。また、葉ではクロロフィルやカロテノイドが減少し、一部のアルデヒド類が増加することで、光合成能力が低下し、ブドウ全体の健康状態と品質が損なわれます。
黒とう病の病原菌はどのように越冬し、活動を開始する時期は?
黒とう病の病原菌は、その年に感染したブドウの枝や巻きひげだけでなく、剪定後に残った枯れ枝や、支柱などに絡み付いた巻きひげの中でも菌糸の状態で冬を越します。これらの越冬菌は数年間生き続けることが可能です。春になり、気温が2℃を超え、ブドウの表面が24時間以上湿った状態になると、菌は活動を再開し、胞子を放出します。
黒とう病の効果的な予防策は?
黒とう病を予防する上で最も効果的な方法は、ブドウを「雨に当てない」ことです。ビニールハウスや雨よけ設備を設置したり、鉢植えやプランターで栽培する場合は、ベランダや軒下など雨が当たりにくい場所で管理することが推奨されます。物理的な雨よけが難しい場合は、休眠期や展葉初期などの特に重要な時期に、計画的に薬剤を散布することが重要です。特に、ジチオカルバメート系、メチル-ベンゾイミダゾール-カルバメート系、カルベンダジム系の殺菌剤が効果を発揮します。
黒とう病に強いブドウ品種(PIWI)とは?
PIWI(ピヴィ)は、ブドウ栽培における主要な病気、具体的にはベト病、うどんこ病、灰色かび病、そして黒とう病といった病害に対して、優れた抵抗性を持つように改良されたブドウ品種のグループを指します。一般的なヨーロッパブドウ(Vitis vinifera)は病気にかかりやすい傾向がありますが、PIWI品種は抵抗性遺伝子を備えているため、農薬の使用量を大幅に削減でき、環境負荷の少ない、持続可能なブドウ栽培に貢献します。ただし、PIWI品種がワインの風味や香りに与える影響については、生産者や消費者の間で意見が分かれることもあります。
黒とう病に感染したブドウの木の対処法
もしブドウの木が黒とう病に感染してしまった場合、最初にすべきことは、感染した枝や葉を迅速に取り除くことです。剪定を行う際は、病変が見られる部分だけでなく、その周辺の健康な部分も少し広めに切り取ることが大切です。切り取った枝葉は、畑から遠く離れた場所で焼却するか、密閉して適切に処分してください。その後、病気の蔓延を防ぐために、発病後にも効果が期待できる薬剤を速やかに散布することを推奨します。薬剤を選ぶ際には、最新の情報を確認し、専門家と相談することが重要です。