甘美なチョコレートや温かいココアの源、カカオ。その学名「テオブロマ カカオ」は、なんと「神の食べ物」を意味します。古代から珍重されてきたカカオですが、普段その実を目にする機会は少ないかもしれません。この記事では、知られざるカカオの全貌を徹底解説。栽培地や品種、チョコレートへの加工プロセスはもちろん、歴史的背景や現代のカカオ産業が抱える課題まで、幅広くご紹介します。世界を魅了するカカオの秘密を、一緒に探求してみましょう。
カカオとは?チョコレートの原料、カカオを詳しく解説。
チョコレートやココアの風味豊かな香りの源、カカオ。その学術名は「テオブロマ・カカオ・リンネ (Theobroma cacao Linne)」といい、アオイ科(かつてはアオギリ科に分類)に属する植物です。「神々の食べ物 (theos broma)」を意味するこの学名は、古代よりカカオが珍重されてきた証でしょう。普段、目に触れる機会は少ないかもしれませんが、この記事では、カカオの生育環境、品種、チョコレートへの加工、国際的な取引といった、カカオに関するあらゆる側面を掘り下げて解説します。スウェーデンの植物学者、カール・フォン・リンネによって命名されたこの特別な植物は、「カカオノキ」または「ココアノキ」とも呼ばれ、世界中で愛される食品を生み出しています。
カカオの樹、実、豆の基本生態
カカオは、学名「テオブロマ・カカオ・リンネ (Theobroma cacao Linne)」が示すように、アオイ科の植物です。この樹木から採れる実の中に含まれるカカオ豆が、チョコレートやココアの原料となります。カカオの木は、通常4.5~10mの高さに成長し、苗から育てた場合、およそ3~4年で実をつけるようになります。カカオの実は、英語でカカオポッド(Cacao pod)、フランス語でカボス (Cabosse de cacao) と呼ばれ、幹の太い部分から直接実がなる「幹生果」という独特な結実様式を持ちます。カカオポッドは、約6ヶ月かけて成熟し、長さ15~30cm、直径8~10cm、重さは250gから1kgに達することもあります。1本の木から年間10~40個の実が収穫されますが、その形状は卵型を基本としつつ、品種によって長楕円形、偏卵型、三角形など様々で、外皮の色も赤、黄、緑、紫と多岐にわたります。硬い殻に覆われたカカオポッドの中には、20~60個のカカオ豆(種子)が、パルプと呼ばれる白い果肉に包まれています。カカオ豆には40~50%もの脂肪分が含まれており、これがココアやチョコレートの主原料となるのです。カカオの実の収穫時期は産地によって異なり、一般的には年に2回、主要な時期と副次的な時期に分けて行われます。
カカオの花の特徴
カカオの木は、苗から育てると約4年で開花期を迎えます。花は直径約3cmの小さな白い花で、品種や生育環境によって赤みや黄色みを帯びることもあります。これらの花は、幹や太い枝に直接、群がるように咲くのが特徴的です。しかし、カカオの花は非常にデリケートで、結実率は1%未満という低さです。原産地では一年を通して開花が見られますが、栽培地では気温に左右され、例えば日本では温室栽培の場合、5月以降に開花することが一般的です。この低い結実率が、カカオの生産性を大きく左右する要因の一つとなっています。
カカオの原産地と歴史的起源
カカオは、現在のメキシコ南部から中央アメリカにかけての地域が原産であると考えられています。特に、標高約300mの熱帯雨林に自生しており、その歴史は古く、古代メソアメリカ文明において重要な役割を果たしてきました。「カカオの歴史」のセクションで詳しく触れますが、紀元前から、カカオは単なる食品としてだけでなく、文化的、経済的な価値を持つものとして認識されてきました。
カカオベルトとは:理想的な栽培条件と地域
カカオの木は、生育に非常に特殊な環境を必要とする繊細な植物です。生育が可能な地域は、高温多湿な熱帯地域に限定されており、具体的には地球上の北緯20度から南緯20度にかけて広がる「カカオベルト」と呼ばれる地域が栽培に適しています。しかし、このカカオベルト内であっても、生育に適した条件は限られています。理想的な条件としては、標高30~300mの範囲、年間平均気温が約27℃で気温の変化が少ないこと、年間降雨量が最低1000mm以上であること、安定した降雨と良好な排水性を持つ土壌、そして十分な湿度などが挙げられます。これらの条件を満たす地域は、主に中南米、西アフリカ、東南アジアなどに点在しており、世界全体で約50ヶ国がカカオを生産しています。世界のカカオ年間生産量は、2018年には約525.2万トンに達し、2020/21年には約502万トン(※国際ココア機関(ICCO)カカオ統計2020/21)と報告されています。その中でも、アフリカ大陸が最も多くのカカオを生産しており、世界全体の約77%を占めています。主な生産国としては、コートジボワール、ガーナ、エクアドル、カメルーン、ナイジェリア、インドネシア、ブラジルなどが挙げられ、これらの7ヶ国で世界のカカオ生産量の約89%を占めています。ちなみに、日本のカカオ豆輸入量は約4万8533トン(※日本貿易統計 2020年)であり、世界の総生産量のわずか1%程度です。
カカオ生産の特性と小規模農家の役割
カカオ生産は、砂糖やコーヒーなどの他の主要な熱帯作物とは異なり、大規模なプランテーションでの単一栽培が一般的ではありません。この特徴は、カカオの植物としての性質に深く関係しています。カカオの木は、特に若い時期には強い日差しを避ける必要があり、他の大きな木の陰で生育します。そのため、広大な土地でカカオだけを密集させて栽培することは難しく、規模を大きくすることによる効率化が難しいのです。一方で、プランテンバナナのような背の高い木との混植には非常に適しており、自給自足的な小規模農家が食料作物を育てながら、その陰でカカオを換金作物として栽培する形態が非常に一般的です。ガーナでは、労働者が未開墾の土地を地主から借り、バナナやヤムイモなどの食料作物を育てつつ、カカオの木を育てるという特有の慣習が存在しました。カカオが生育し、十分な利益が得られるようになると、開墾した土地を地主と労働者で分け合うというこの契約が、かつてのカカオ生産の成長を支えました。また、日本国内においても、樹芸研究所が温泉の排熱を利用してカカオを栽培し、チョコレートを製造する取り組みを進めており、2021年7月7日には温泉地である鳥羽市と共同で「カカオの森」を作る計画を発表するなど、新たな生産モデルの模索も行われています。
主要なカカオ3大品種:クリオロ種、フォラステロ種、トリニタリオ種
現在栽培されているカカオには、大きく分けて3つの主要な品種系統があり、それぞれがチョコレートの風味を決定づける独特の特性を持っています。チョコレートメーカーは、製造する製品の風味や品質目標に応じて、これらのカカオ豆を慎重に選別し、使用します。代表的な品種としては、クリオロ種、フォラステロ種、トリニタリオ種の3種が広く知られています(※カカオの品種分類については、現在も研究や議論が続いており、今後新たな見解が出てくる可能性もありますが、ここでは基本的な3品種について解説します)。クリオロ種は、主にベネズエラやメキシコなどの一部地域でのみ少量生産されており、その栽培量はカカオ全体の0.5%程度と非常に希少です。病害に対する抵抗力が極めて低く、栽培が難しい品種として知られていますが、独特のナッツのような風味を持ち、その繊細な香りは高く評価されています。フォラステロ種は、ブラジル、西アフリカ、東南アジアなど、世界各地で広く栽培されており、世界のカカオ生産量の80~90%を占める最も一般的な品種です。渋味と苦味が強く、濃厚なチョコレートのベースとして使用されることが多いです。トリニタリオ種は、クリオロ種とフォラステロ種が自然交配して生まれた品種であり、両者の中間的な性質を持ちます。栽培しやすく、かつ良質なカカオ豆が収穫できるのが特徴で、その名前はトリニダード島で生まれたことに由来します。生産量は全体の10~15%程度であり、フルーティーな酸味を持つものが多いのが特徴です。
エクアドル固有の希少品種「ナシオナル種(アリバ種)」
主要な3品種に加えて、エクアドル特有のカカオとして「ナシオナル種(アリバ種とも呼ばれます)」が存在します。これはフォラステロ種から派生した品種であり、ジャスミンやバラのような花の香りが特徴です。ナシオナル種から作られたチョコレートを口にすると、その華やかな香りの後に、心地よい渋みが広がります。
カカオポッドの収穫からカカオパルプの役割まで
普段何気なく口にしているチョコレートですが、あの独特な風味を引き出すのに重要な役割を果たしているのが、カカオ豆の発酵という工程です。チョコレートの原料となるカカオ豆は、実は「豆」ではなく、植物学的には「種子」に分類され、果肉を持つ果物の一種です。カカオの果実である「カカオポッド」は、ラグビーボールに似た形状で、厚さ約1cmほどの硬い殻で覆われています。そのため、収穫後には木の棒や鉈などで叩き割る必要があります。収穫されたカカオポッドは、果皮を取り除いた後、約1週間かけて発酵の工程へと進みます。カカオポッドの中には、パルプと呼ばれる、ぬめりのある白い果肉に包まれた30~40粒程度のカカオ豆(種子)が入っています。このカカオ豆を包むように存在する、ぬるぬるとした白い果肉こそが、カカオパルプなのです。カカオパルプは、ライチやパイナップルのようなフルーティーな香りに加え、爽やかな酸味があり、まさに南国のフルーツを味わっているかのような感覚を覚えます。私も以前、蔵前にある「ダンデライオン・チョコレート」という、カカオ豆の選定からチョコレートの製造までを一貫して行う専門店で、カカオパルプのスムージーを体験し、その豊かな風味に感動しました。見た目はごく普通の白い飲み物でしたが、口に含んだ瞬間、オレンジ、ライチ、マンゴーなど、様々な南国フルーツの味が凝縮されたような、想像をはるかに超える美味しさが口の中に広がります。その美味しさに、普段は冷静な友人が「これは美味しい…」「本当に美味しいよ」と感動していたほどです。産地やカカオ豆の種類によって風味は異なるかもしれませんが、まるでトロピカルフルーツの王様のように、様々なフルーツの魅力が詰まった、記憶に残る味覚体験となるでしょう。カカオパルプは、単体で流通することはあまりなく、主にシロップやジュースなどに加工されますが、インターネット通販でピューレ状のものが手に入ることもあります。カカオ農園では、熟練した作業員たちが手際よくカカオポッドを割り、中からカカオ豆とパルプを取り出し、バケツなどに集めて発酵の準備をします。この白い果肉であるカカオパルプは、チョコレートの風味を決定づける発酵の過程において、非常に重要な役割を果たします。元々、カカオの種子は、動物が熟したカカオポッドを割ってパルプを食べ、種子をまき散らすことで自然に広がっていたと言われています。現在でもカカオ農園では、発酵の際に流れ出るパルプをジュースとして飲んだり、煮詰めてジャムにしたり、お酒を造ったりするなど、南国のフルーツとして様々な形で利用されています。しかし、何よりも重要なのは、カカオ豆の発酵における役割です。カカオパルプには、豊富な水分と糖分が含まれており、酵母や細菌などの微生物にとって理想的な栄養源となります。つまり、カカオパルプは、これらの微生物が生育するための最適な培地として機能するのです。そして、この微生物の働きこそが、チョコレートの複雑で奥深い風味を生み出す発酵の源となるのです。
チョコレートが「発酵食品」である科学的根拠
収穫されたカカオポッドからカカオ豆とパルプを取り出した後、その後の工程は産地によって異なりますが、一般的には木箱に入れたり、バナナの葉で覆ったりして発酵させます。中南米の多くの農園では、階段状に配置された複数の木箱にパルプが付いたカカオ豆を入れ、上から順番に下の箱へと移していくことで、効率的に発酵を進める方法がよく用いられています。発酵には微生物の活動が不可欠であり、その微生物にとっての栄養源となるのが、カカオパルプです。発酵の初期段階(1~2日)では、酵母が優先的に繁殖し、カカオパルプに含まれる糖分をエタノールへと分解・生産します。また、カカオパルプの粘り気を生み出しているペクチンを分解する酵素を分泌し、カカオパルプを液状化させます。その後、エタノールを栄養源とする乳酸菌や、アルコールを酢酸へと変化させる酢酸菌が現れ、活発に活動を開始します。このように、カカオ豆の発酵プロセスにおいては、酵母、乳酸菌、酢酸菌といった多種多様な微生物が複雑に影響し合い、その活動を支えるカカオパルプの状態が、発酵の出来具合を大きく左右します。発酵の過程において、カカオ豆には糖やアミノ酸が生成されます。これらの糖やアミノ酸は、後のチョコレート工場で行われるカカオ豆の焙煎時に、メイラード反応などを引き起こし、チョコレート特有の複雑で豊かな香りを生み出すもととなります。つまり、カカオ豆の発酵は、チョコレートの香りを決定づける最も重要なプロセスの一つであるため、「チョコレートは発酵食品である」と言えるのです。
発酵によるカカオ豆の色変化:紫色からチョコレート色へ
私たちが普段目にしているミルクチョコレートやダークチョコレートの美しい茶色は、カカオ豆本来の色ではありません。収穫されたばかりのカカオ豆の内部は、通常鮮やかな紫色をしています。これは、カカオ豆に含まれるポリフェノールによるものです。しかし、発酵の工程を経ることで、カカオ豆内部のタンパク質やアミノ酸がポリフェノールと反応し、その結果、カカオ豆が徐々に茶色へと変化し、私たちがよく知るチョコレートの色合いに近づいていきます。また、カカオ豆の中には、生の状態で白いものがあります。これは、世界のカカオ豆生産量の中でもごくわずかしか収穫されない、非常に希少価値の高い「ホワイトカカオ」と呼ばれる品種です。この白いカカオ豆も、発酵の過程を経ることで茶色へと変化し、チョコレートの色合いへと近づきます。このように、発酵はチョコレートの風味だけでなく、色合いにとっても非常に重要な工程なのです。
カビを防ぐための乾燥方法と輸出準備
発酵後のカカオ豆は、内部に多くの水分を含んでいます(40%以上)。この高い水分量を含んだままの状態で貯蔵したり輸送したりすると、カビが急速に繁殖し、カカオ豆の品質が著しく低下してしまいます。そのため、カカオ豆の水分量を、カビが増殖できない7%以下まで乾燥させる必要があります。カカオ豆の乾燥方法には、主に天日乾燥と機械による人工的な乾燥の2種類があります。一般的には、収穫されたカカオ豆を屋外に広げて天日乾燥を行うことが多いですが、熱帯地域の気候は不安定で、雨が降り続くなど湿度が高い場合には、カカオ豆の品質を維持するために機械を使用して人工的に乾燥させることもあります。また、乾燥方法や設備は、農園によって大きく異なる場合があります。移動式の乾燥台にカカオ豆を広げ、天候が良い日には外に出し、雨が降る際には屋根の下に移動させるなど、気象条件に合わせて柔軟に対応できる設備を整えている農園もあります。適切に乾燥されたカカオ豆は、厳格な品質検査を受けた後、主に通気性の良い麻袋に詰められ、世界中のチョコレート製造国へと船で輸出されます。
古代メソアメリカにおけるカカオの利用と貨幣価値
カカオの歴史は古く、原産地であるメソアメリカで紀元前1900年頃から利用されていたと考えられています。オルメカ、マヤ、アステカといった古代文明において、カカオは重要な作物として栽培されてきました。これは、数多くの遺跡や古文書、石碑などの記録からも明らかになっています。例えば、ベリーズのクエリョ遺跡からは、紀元前400年から紀元1年のチカネル期のものと思われる、炭化したカカオ豆が発見されています。また、紀元前1100年代のカカオ利用を示す証拠として、ホンジュラスのウルア渓谷で発見された当時の壺の破片から、カカオ豆に含まれるテオブロミンとカフェインが検出されました。この初期の段階では、カカオの果肉から飲料が作られていたと考えられています。マヤ文明では、カカオは「カカウ」と呼ばれていましたが、これはオルメカ文明で使用されていたミヘ・ソケ語からの借用語であり、本来の発音は「カカワ」に近いとされています。マヤやアステカの人々は、カカオ豆を飲料として楽しむだけでなく、神への捧げ物としたり、その希少性から貴重な貨幣としても利用しました。カカオ豆の貨幣価値を示す例として、1545年のメキシコにおける物価があります。当時のレートでは、メスの七面鳥はカカオ豆100個、オスの七面鳥は200個、野ウサギは100個で交換できました。また、1541年に書かれたモトリニアのインディオ史によると、カカオ豆2万4000粒がスペイン金貨5~6枚に相当したと記録されています。カカオ豆は非常に価値が高かったため、中身を抜き取ったカカオ豆の殻に別のものを詰めるという偽造行為まで行われていました。このように、カカオ豆は中南米において、植民地時代まで通貨として広く使用され続けました。
カカオの世界的な伝播と栽培の拡大
カカオがヨーロッパに初めて紹介されたのは、1502年のことです。クリストファー・コロンブスが、4回目の航海で現在のホンジュラス付近からカカオの種子を持ち帰り、スペインに持ち帰りました。しかし、当時のヨーロッパ人はカカオの利用方法を知らなかったため、その真価に気づくことはありませんでした。その後、1519年にエルナン・コルテスがメキシコを訪れ、アステカ文明におけるカカオの利用法を学びました。コルテスらがメキシコから持ち帰った、スパイスや砂糖を加えた飲料「ショコラトル」(チョコレート)は、スペイン宮廷で非常に歓迎され、1560年代にはフィリピンで最初のカカオ栽培が始まりました。ヨーロッパにカカオ飲料がもたらされた最初の具体的な記録としては、1585年にグアテマラのキチェ族の使節団が、スペインのフェリペ皇太子(後のフェリペ2世)にカカオ飲料を献上した出来事が挙げられます。スペインからフランスに嫁いだ王妃がカカオを広めたという逸話も存在し、17世紀半ばにはフランスでココア飲料が流行し始めました。1660年代には、カリブ海のマルティニーク島やグアドループ島でカカオの栽培が開始されました。その後もカカオ栽培は拡大を続け、17世紀頃からはポルトガルやオランダの植民地などでも栽培されるようになりました。18世紀半ばに、中米のカカオが病害によって生産量を激減させると、アフリカがその代替地として台頭しました。さらに、フランシスコ・デ・ミランダが、1780年代にスペイン領であったベネズエラ(現在のスアスクム)でプランテーション経営を開始しました。1746年には、ブラジルのバイーア州(現在のイリェウス)にカカオが導入されています。18世紀末には、フランスがカリブ海のサントドミンゴ(現在のハイチ)で植民地会社を設立し、カカオ生産を積極的に奨励しました。
近代におけるカカオ産業の変遷と課題
近代に入り、カカオ産業は様々な変遷と課題に直面してきました。2010年代から2020年代にかけて、カカオの主要産地であるガーナとコートジボワールでは、異常気象や病害(特に魔女のほうき病)の蔓延により、収穫量が前年比で3~4割減少するという深刻な不作が発生しました。特にガーナでは、魔女のほうき病によってカカオの木が枯れてしまうなど、長期的なダメージが産業にもたらされました。この供給不足は、世界的なカカオ価格の高騰を引き起こし、わずか1年半でトンあたりの価格が3~4倍にまで上昇するという「チョコレートショック」と呼ばれる現象を引き起こしました。この価格高騰は、チョコレート製造業者や消費者にも大きな影響を与え、カカオ産業のサプライチェーンの脆弱性を露呈させる結果となりました。
カカオがもたらす製品と食材
カカオ豆は、そのままの状態でも、加工された状態でも、様々な形で私たちの生活に取り入れられています。最も一般的な利用法としては、チョコレートやココアの原料として知られていますが、その他にもカカオの粉末、焙煎後に皮を取り除いて砕いた「カカオニブ」、発酵させたカカオ自体が、近年ではスーパーフードとして、また料理の食材や調味料としても利用されるようになっています。カカオニブは、カカオ本来の苦味や酸味、香ばしさをそのまま味わえるため、健康志向の高い人々に人気があり、スムージーやヨーグルトのトッピング、焼き菓子などに使われています。発酵カカオは、独特のフルーティな風味と香りを持っており、新たな食材としての可能性を広げています。
カカオの健康への影響と注意点
カカオは、私たちの健康に良い影響を与えることが期待される一方で、摂取する際には注意すべき点もいくつか存在します。カカオには、I型アレルギーを引き起こす可能性のあるアナカルド酸、セロトニン、ヒスタミンなどの物質が含まれており、これらがアレルギー反応を引き起こすことがあります。さらに、カカオに含まれるチラミンは、血圧や心拍数を上昇させる作用があるため、かつてはチョコレートの過剰摂取が頭痛の原因となるという説もありました。しかし、実際には、健康な人が頭痛や出血を起こすほどの強い作用はないと考えられており、適量であれば問題ないでしょう。ただし、特定の疾患をお持ちの方や薬を服用中の方は、摂取量について医師に相談することをお勧めします。カカオを摂取する際は、適量を守り、ご自身の体調と相談しながら楽しむことが大切です。
森林破壊と持続可能性への取り組み
カカオの需要が増加するにつれて、カカオ農園の拡大が森林破壊の要因となっていることが深刻な問題となっています。この問題に対処するため、当時のチャールズ皇太子(後のチャールズ3世)の提唱により、2017年に「カカオと森林イニシアティブ」が設立されました。このイニシアティブには、チョコレート関連企業35社と、カカオの主要生産国であるコートジボワールとガーナの両政府が参加し、カカオ農園の新たな開発を停止し、既存の森林を保護することを約束しました。しかし、国際環境保護団体マイティー・アースの報告によると、2019年から2021年の間に、コートジボワールとガーナの両国で合計5万8918ヘクタールもの森林が失われたと報告されており、宣言にもかかわらず森林破壊が依然として続いている現状が明らかになっています。持続可能なカカオ生産を実現するためには、より厳しい規制と効果的な監視体制、そして農家の生活を支えるための支援が不可欠です。
生産地における児童労働と貧困問題
カカオの生産現場では、昔から低賃金労働や児童労働が根深く存在するという問題があります。過去にはアジア人契約労働者(クーリー)が、近年では特に西アフリカ地域において、未成年者が危険な労働力として使われる事例が報告されています。この深刻な人権問題に対処するため、2001年10月には、最悪の形態での児童労働を禁止する「ハーキン・エンゲル議定書」が米国議員とチョコレート製造業者協会の間で締結されました。しかし、その後も状況は改善されたとは言えず、コートジボワールのカカオ農場のうち90%が、カカオ生産を維持するために児童を含む奴隷労働を何らかの形で利用しているとされています。この背景には、カカオの国際価格が下落すると、その影響が直接的に西アフリカの貧しい農民に及ぶという構造的な問題があります。チョコレートメーカーにとって有利な低すぎる価格が設定されているため、コートジボワールの一部の生産者においては58%が極度の貧困状態にあり、十分な収入を得て生活できる生産者はわずか7%に過ぎません。このような経済的な困窮が、生産者の子どもたちが学校へ行けずに労働力とならざるを得ない状況を生み出しています。
農家への公正な価格還元を求める動き
カカオ生産国、特にガーナやコートジボワールでは、カカオ豆を生産する農家への報酬が非常に少ない現状に対して、不満が高まっています。2019年11月、ガーナの大統領はアフリカへの投資フォーラムでこの問題を取り上げ、コートジボワールとともにカカオ豆の価格管理を進めることを発表しました。大統領の演説では、「チョコレート産業は1000億ドル規模の巨大な産業であるにもかかわらず、その生産を支える農家が労働の対価として手にする金額はわずか60億ドルに過ぎない」と指摘し、国際社会に公正な価格設定への理解を求めました。国際環境保護団体マイティー・アースもこの状況を問題視しており、カカオ農家がチョコレート産業全体の利益のうち、ごくわずかな割合しか得ていない現状を批判しています。同団体は、カカオ農業の持続可能性を確保するためには、生産者への正当な対価と、生産地への再投資が不可欠であると強調しています。
国家機関による不透明な運営の実態
ガーナはカカオ豆の重要な産地ですが、同国ではガーナココア委員会(COCOBOD)という政府機関が、農家から直接カカオを買い付け、貿易業者へ販売する仕組みを採用しています。COCOBODは、過去の収穫期の価格を基準とした方式で、市場での売上のおおよそ3分の1を農家に支払うとしています。この制度は、国際市場の価格が暴落した場合に農家を保護することを目的としていますが、その運営には不明瞭な点があるという指摘が出ています。COCOBODは、農薬や大型の剪定機の提供などのサービスに対する費用を差し引きますが、農家からは、費用は徴収されるものの、必要なサービスが確実に提供されるとは限らないという不満の声が上がっています。このような透明性の低い運営は、農家の収入をさらに不安定にし、貧困から抜け出すことを難しくしています。
国際的なカカオ豆貿易の現状
国際的なカカオ豆の貿易は、ほんの一握りの国々によって支配されているのが現状です。例えば、ヨーロッパのオランダは、世界有数のカカオ加工能力を有しており、アフリカなどの地域からカカオ豆を大量に輸入し、加工後のチョコレート製品や中間製品を世界中に輸出しています。このように、生産国と消費・加工国の間には大きな貿易格差が存在し、カカオ豆の価値の大部分が加工の段階で付加されるという構造になっています。また、カカオ豆の輸送には、品質を維持するために通気性の良い麻袋が用いられ、船で世界各地へと運ばれます。
不安定な国際相場と生産者への影響
カカオ豆の価格は、ガーナなど一部の国では買い上げ制度がありますが、大部分は英国(主にアフリカ産)と米国(主に中南米産)の商品取引所における国際相場によって決定されます。この国際相場は非常に不安定であり、トンあたりの価格が数年で大きく変動することが頻繁にあります。このような激しい価格変動は、特に小規模なカカオ生産者を不安定な国際市場に直接晒し、収入の予測を困難にしています。さらに、カカオ先物市場においては、実際の現物の取引は全体のわずか数パーセントに過ぎず、現存するカカオ豆の量を大きく上回る取引が投機的に行われているとされ、これが市場価格の不安定さをさらに悪化させています。
近年の価格高騰とその背景
カカオの主要生産国であるガーナとコートジボワールを合わせたカカオの収穫量は、世界全体の半分以上を占めていますが、近年、収穫量が減少傾向にあります。この収穫量の減少とそれに伴う価格高騰の背景には、気候変動による異常気象、カカオの病害の蔓延、農園への継続的な投資不足、そして一部地域における違法な金採掘による土壌汚染といった、さまざまな要因が複合的に絡み合っています。これらの問題が重なり、供給が需要に追いつかない状況が深刻化しています。その結果、ニューヨーク商品取引所で取引されるカカオ豆の価格は、短期間で大幅に上昇しました。この価格高騰は、チョコレート業界全体に大きな影響を与え、消費者への価格転嫁や製品内容量の変更といった形で影響が現れています。
まとめ
普段口にする美味しいチョコレート、実はほんのりとした酸味があるのをご存知でしょうか?カカオの産地や品種によって風味は異なりますが、この酸味はカカオ豆本来の性質と、発酵という重要な工程から生まれます。カカオの実について、そして発酵のプロセスを知ることで、チョコレートの味わいはさらに深みを増すでしょう。この記事では、カカオの基本的な知識から、その長い歴史、現代の産業が直面する森林破壊や児童労働、不当な価格設定といった問題、さらには国際貿易や市場価格の変動まで、カカオに関する幅広い情報をお届けしました。チョコレートを口にする際は、カカオの実が育つ風景、生産地の状況、そしてその背景にある複雑な物語を少しだけ思い出してみてください。
質問:カカオ豆の品種にはどのようなものがありますか?
回答:カカオ豆の代表的な品種としては、クリオロ種、フォラステロ種、トリニタリオ種の3種類が挙げられます。クリオロ種は希少で、ナッツのような風味が特徴です。フォラステロ種は生産量が多く、強い苦味と渋味があります。トリニタリオ種は、クリオロ種とフォラステロ種の中間的な性質を持ち、フルーティーな酸味を持つものが多いです。また、エクアドル原産のナシオナル種(アリバ種)は、ジャスミンやバラのような華やかな香りが特徴です。
質問:チョコレートはなぜ発酵食品と言われるのですか?
回答:収穫されたカカオ豆は、果肉(カカオパルプ)とともに木箱などで発酵されます。この発酵の過程で、酵母、乳酸菌、酢酸菌などの微生物が働き、パルプに含まれる糖分を分解しながら、カカオ豆の中に糖やアミノ酸を生成します。これらの成分が、後のロースト工程でメイラード反応などを引き起こし、チョコレート特有の複雑で豊かな風味を生み出すため、チョコレートは発酵食品とみなされます。
質問:カカオの実から豆を取り出す工程は?
回答:カカオポッドと呼ばれる果実を収穫した後、中にあるカカオ豆を取り出します。豆は白い果肉で覆われています。取り出した豆は、果肉であるカカオパルプと一緒に、木箱に入れたり、バナナの葉で覆ったりして発酵させます。発酵後、豆にカビが生えないように、太陽光で乾燥させたり、機械を使って乾燥させたりして、水分量を7%以下にします。乾燥させた豆は、品質を厳しくチェックした後、麻袋に詰めて、チョコレートを作る国々へ出荷されます。













