濃厚でクリーミーな味わいが魅力のアボカド。サラダやディップ、トーストなど、様々な料理で活躍する万能食材として、世界中で愛されています。しかし、そのアボカドが一体どこから来たのか、そのルーツを深く知る人は意外と少ないかもしれません。本記事では、アボカドの原産地を辿り、知られざる歴史と文化に光を当てます。アボカドがどのようにして私たちの食卓に届くようになったのか、その秘密を探求していきましょう。
アボカドとは
アボカド(学術名:Persea americana)は、クスノキ科に属するワニナシ属の植物であり、その果実を指します。別名ワニナシ(鰐梨)とも呼ばれ、その果実は栄養が豊富で、特に脂肪分が多いため、「森のバター」という別名で親しまれています。
アボカドの名称
アボカドの呼び名は地域によって異なり、中南米では「アグアカテ」(Aguacate) や「アワカテ」(Ahuacate) と呼ばれ、スペイン語圏では「パルタ」(Palta)、ポルトガル語では「アバカテ」(Abacate) と称されます。これらの語源は、古代ナワトル語の「アフアカトル」(āhuacatl) に由来すると考えられています。英語の「Avocado」という名称は、スペイン語の「Aguacate」と「弁護士」を意味する「Avocado」(現在の綴りでは「Abogado」)が混同して生まれたものと言われています。日本では、果皮がワニの肌に似ていることから、「ワニナシ」という名で呼ばれることもあります。
アボカドの歴史
アボカドがいつ頃から食用として利用されていたかは明確ではありませんが、紀元前5000年にはメキシコで最初に栽培が始まったとされています。紀元前500年以降、アボカドはメキシコや中南米の人々の食生活において重要な役割を果たしました。16世紀には、スペインの探検家たちがアステカ族によって栽培されていたアボカドを発見しました。スペイン帝国の歴史家、ゴンサロ・フェルナンデス・デ・オビエド・イ・バルデスは、アボカドについて「果実の中心には、皮を剥いた栗のような種がある。種と皮の間には、食用に適した部分が豊富にあり、バターのような滑らかなペースト状で、美味である」と記述しました。アステカ人はこの果実を「アグワカタール」と名付けました。その後、アボカドはメキシコからペルーへと伝播していきました。
19世紀には、アメリカの園芸に関する著述家であるウィリアムズ・ヒューズがアボカドを高く評価し、「体に栄養を与え、活力を与える…性欲を非常に高める」と記しました。また、スペインの修道士も同様の見解を持ち、庭でのアボカド栽培を禁止しました。17世紀には、アボカドという名前が初めて英語の文献に登場し、1696年にはジャマイカで、メキシコ原産の樹木の一つとしてアボカドが紹介されました。日本へは明治時代に導入されましたが、当時は普及せず、第二次世界大戦後になってから広く知られるようになりました。
世界の生産量と日本の輸入量
1980年代後半の時点で、アボカドの世界全体の生産量は約150万トンでしたが、その後も生産量は増加傾向にあります。2005年には322万トンが生産されました。世界の生産量のうち、メキシコ産は2014年の時点で約30 %、2019年時点で34 - 45 %を占めており、年間生産量はおおよそ164万トンとなっています。2019年時点では、メキシコの農業収入の60 %をアボカドが占めており、メキシコは31カ国にアボカドを輸出しており、年間輸出総額は20億ドル(2200億円相当)に達しています。メキシコ以外の主な輸出先は、カナダ、スペイン、オランダであり、近年では中国への輸出も増加しています。日本の輸入量は1970年代まではごくわずかでしたが、1970年代後半から増加し、1980年には479トン、1990年には2163トン、2000年には1万4070トン、2005年には2万8150トンと著しく増加しました。2005年時点では、日本に輸入されている果物の中で、バナナ、パイナップルに次いで3番目に輸入量が多い果物でした。2018年には73,915トンに達しています。
アボカドの日本での育成
国内では、比較的温暖な気候の和歌山県、愛媛県、鹿児島県などでアボカド栽培が行われています。2016年の国内生産量は約8トンと、輸入量と比較するとごくわずかですが、栄養価の高さから需要が増加しており、温暖な気候を利用できる利点から、耕作放棄地での栽培が増加傾向にあります。家庭菜園として育成し、観葉植物として楽しむのは比較的容易で、寒冷地での露地栽培を除けば、冬越しも可能です。育成方法の一例として、種子を丁寧に洗い、果肉を完全に取り除いた後、上部(果実の軸に近い、やや尖った部分)を上向きにして、約3分の1を水に浸します。日当たりの良い場所に置き、水位を一定に保ち、水が腐敗しないように定期的に交換しながら育てると、夏場は約1週間、冬場は約7週間で発根し、その後発芽します。発芽後、赤玉土やピートモスなど、保水性の高い土壌に植え替えます。ただし、過度な水分はアボカドの木を弱らせる原因となります。
発芽後の成長速度は速く、良好な栽培環境下では、1年で0.5~1メートル程度まで成長しますが、観葉植物として形を整えるためには、成長段階に応じて適切な剪定を行い、樹形を調整する必要があります。初夏や夏に植え付けを行うと、十分に成長する前に冬を迎えてしまい、枯れてしまう可能性が高くなります。桜の開花時期を目安に、4月頃に種を植えるのが最適です。アボカドは高温多湿な環境と、適度な湿り気のある土壌を好みますが、寒さには弱いため、露地栽培の場合は、雪や霜に直接触れないように注意が必要です。低温や乾燥に弱いため、年間を通して10℃以上を保てる地域でなければ、露地栽培は難しいでしょう。短期間であっても0℃を下回ると枯死する可能性が高いため、室内でも10℃以下の環境は避けるべきです。ただし、同じハス種でも、品種によって耐寒性に差があり、15℃未満でも成長を続けるものもあれば、落葉して幹だけになるものもあります(幹が枯死していなければ、春以降に再び芽吹く可能性があります)。グアテマラ種の交配種は、比較的低温に強いとされています。
アボカドは開花・結実させることも可能で、早ければ数年で開花することもあります。ただし、雄花と雌花の開花時期が異なるため、1本の木だけでは受粉させることが難しく、確実に結実させるためには、ある程度の数の個体が必要となります。
アボカド生産がもたらす環境的・社会的課題
アボカドは、生育のために土壌の栄養分を大量に消費するため、一度アボカド栽培を行うと、その後他の種類の果物を栽培することが困難になると言われています。アボカドのウォーターフットプリント(生産から流通までの過程で使用・汚染される水の総量)は、1キログラムあたり約2000リットルにも達するとされています。
アボカド栽培のための農地開拓により、森林破壊が進行しています。また、アボカドの生育には大量の水が必要となるため、生産国は水不足に陥りながらも大量の水を輸出している状況となり、生産地域の水資源の枯渇や、地域社会への悪影響が深刻化しています。チリのペトルカ地域では、アボカド栽培地1ヘクタールあたり、1日に10万リットルもの水が使用されています。アボカドブームによって栽培が急速に拡大し、大量の水資源が消費された結果、地域全体が干ばつに見舞われ、住民の生活用水が枯渇し、既存の小規模農業は立ち行かなくなっています。干ばつの中では、感染予防に必要な手洗いも十分にできず、チリ中部における新型コロナウイルス感染症への脆弱性が露呈しました。
アボカド需要の増加に伴い、アボカド産業の収益が増大する中、主要生産国であるメキシコでは、麻薬密輸組織がアボカド産業に関与するようになり、産業全体が危機に瀕しています。アボカド産業関係者は、麻薬密輸組織から「税金」として金銭を要求され、武装自警団を結成して対抗していますが、その結果、生産コストが上昇し、地域の治安が悪化し、一般市民が犠牲になるという状況も発生しています。
アボカドブームが引き起こす水資源の枯渇と森林破壊の実態
亜熱帯果実であるアボカドは、特定の生態系でのみ生育可能であり、育成には大量の水と土壌の栄養を必要とします。生育に適した地域が限られている中で、生産が急速に拡大しているため、環境への負荷が大きくなっています。
チリ最大のアボカド生産地であるペトルカ地域は、元々旱魃が多い地域であり、夏季の旱魃は緊急事態が発令されるほど深刻でした。そのような状況下で、貧しい農家が細々と作物を栽培し、家畜を飼育していました。しかし、ペトルカに参入した資金力のあるアボカド輸出業者が、数百ヘクタール規模での大規模栽培を開始し、水道管や井戸を違法に設置して河川から水を引いた結果、地下水と河川が枯渇し、旱魃が深刻化しました。メキシコ中部では、深刻な旱魃による降雨量の減少に加え、1981年の法律によって水資源が土地から切り離され、売買可能になったことで、水資源の民営化が進み、状況が悪化しています。政府はペトルカを水の「緊急地域」と指定しましたが、アボカド生産を制限することはありませんでした。その結果、地域の農業は継続が困難になり、住民の生活用水はほぼ枯渇し、政府の給水車から供給される水を飲まざるを得ない状況に陥っています。約150万人の人々が、1日に50リットル(日本人が1日に必要とする水の量の4分の1から6分の1)の水で生活しています。
ペトルカの住民は、「給水車の水は汚染されている」と訴えており、実際に給水車の水からは、本来糞便に含まれる大腸菌が高レベルで検出されています。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行下において、水資源の枯渇によって感染予防に必要な手洗いができず、チリ中部が同感染症に対して脆弱な地域となりました。ペトルカで生産・収穫されたアボカドは、テスコ、アルディ、リドルといった大手スーパーマーケットチェーンに卸されています。アボカド産業による環境破壊や地域社会への悪影響は、これまであまり注目されていませんでしたが、2018年にドイツの公共放送局がドキュメンタリー番組『Avocado - a positive superfood trend?』を放送したことで、その実態が広く知られるようになりました。
プランテーションにおける搾取と麻薬犯罪組織の関与
アボカド産業においては、不当な価格設定や低賃金によって、生産農家や労働者が貧困に苦しむという問題が数多く発生しています。メキシコ国内の治安が悪化し、政治腐敗や麻薬カルテルの力が強まる中で、麻薬犯罪組織が利益の大きいアボカド産業に関与するようになっています。メキシコのミチョアカン州では、「ロス・カバジェロス・テンプラリオス」と呼ばれる麻薬密輸組織が、農業大臣からアボカド農家の収入情報を入手し、アボカド農家、包装業者、貿易会社、そしてアボカド産業全体に対して「税金」を要求するようになりました。税金を支払わない場合、関係者やその家族が誘拐され、身代金を支払わなければ殺害されたり、アボカド農園が焼き払われたりする事例も発生しました。地域政府も麻薬密輸組織の活動を抑止できず、彼らは年間1億5000万ドルもの収入を得たとされています。農家は「税金」を支払うためにアボカドの価格を上げざるを得なくなり、麻薬密輸組織は、2006年から2015年の間にミチョアカン州で8258人を殺害し、住民が逃亡して地域は荒廃し、犯罪が増加し、治安が悪化しました。
ミチョアカン州のタンシタロでは、麻薬密輸組織に対抗するため、アボカド協会がCUSEPT(タンシタロ公共安全集団)を結成しました。メキシコでは武装行為は法律で禁止されていますが、アメリカから密輸された武器で武装し、検問所を設置してパトロールを実施しました。2006年から2012年の政権下では、国の協力も得られるようになり、国はミチョアカン州に4200人の軍隊と1000人の連邦警察を派遣してアボカド農家を保護しました。「テンプル騎士団」は衰退し、地域のアボカド産業に対する脅迫や殺害も減少しました。このように、アボカド産業から麻薬密輸組織の影響を排除することに成功した地域もありますが、麻薬密輸集団は国内に多く存在するため、現在もアボカド産業が標的にされている地域もあり、ミチョアカン州でも別の麻薬密輸組織の台頭が見られます。農家にとっては自衛にも多くの費用がかかるため、自衛を選ぶ農家もいれば、麻薬密輸組織に「税金」を支払うことを選ぶ農家もいます。
まとめ
アボカドは、その優れた栄養価で世界中で親しまれていますが、その栽培には環境面や社会面で深刻な問題が伴います。水不足の深刻化、森林伐採、農園での労働者の過酷な労働条件、犯罪組織の関与など、解決すべき課題は数多く存在します。消費者として、これらの問題に対する認識を深め、持続可能なアボカド栽培を支援する選択をすることが大切です。国内産アボカドを選ぶ、フェアトレード認証を受けたアボカドを選ぶ、アボカドの摂取量を控えるなど、私たち一人ひとりが貢献できることがあります。アボカドの恵みを享受しつつ、その背後にある問題に目を向け、より良い未来のために行動することが求められています。
質問:アボカドが「森のバター」と称されるのはなぜですか?
アボカドは、その果肉に豊富に含まれる脂肪分が、まるでバターのように濃厚であることから、「森のバター」という異名を持っています。この脂肪分は、身体に優しい不飽和脂肪酸が主体であり、健康に良い影響を与えると考えられています。
質問:アボカドの適切な保存方法を教えてください。
アボカドは、まだ熟していない場合は常温で追熟させ、熟したら冷蔵庫で保存します。カットしたアボカドは、酸化による変色を防ぐためにレモン果汁などを塗り、ラップでしっかりと包んで冷蔵庫に入れ、なるべく早く食べきるようにしましょう。
質問:アボカド栽培が引き起こす環境問題とは具体的にどのようなものですか?
アボカド栽培では、大量の水を必要とするため、水資源の枯渇が深刻な問題となっています。加えて、農地を拡大するための森林破壊や、農薬の使用による環境への悪影響も懸念されています。
疑問:愛犬や愛猫にアボカドを食べさせても問題ない?
アボカドにはペルシンという物質が含まれています。この成分は、犬や猫といったペットにとって有害となる場合があるため、アボカドを犬や猫に与えるのは控えるようにしましょう。