甘酸っぱい風味と鮮やかな赤色で、古くから人々を魅了してきたさくらんぼ。その美味しさはもちろん、さくらんぼにはユニークな別名が幾つか存在し、それぞれに興味深い由来が秘められています。この記事では、さくらんぼの別名がどのように生まれたのか、そしてそれぞれがどういった背景を持つのかを探ってみましょう。文化や歴史の中でさくらんぼがどのような象徴として扱われてきたのか、意外な発見があるかもしれません。
さくらんぼとは
サクランボ(桜ん坊)は、バラ科に属するサクラ属サクラ亜属のミザクラ(実桜)類の果物です。主に食用として利用され、初夏の6月から7月頃に旬を迎えます。特に、セイヨウミザクラ(西洋実桜)が一般的にサクランボと呼ばれています。通常、生産段階では桜桃と呼ばれるこの果実は、店頭に並ぶとサクランボとして親しまれています。「桜の坊」が由来のこの名前は、独自の言葉の変化を経てきました。花見を目的とする桜の品種は実が小さいですが、果樹として育てられるミザクラには東洋系とヨーロッパ系があり、日本では主にヨーロッパ系が栽培されています。その品種の多様さは1000種を超えると言われています。果実は一般的に赤い丸みのある形で、内部には1つの種子があります。品種によっては黄白色や紫がかった赤黒い色のものも存在します。生食用は甘果桜桃が主流で、日本のサクランボもこの範疇に含まれます。調理用には酸味の強い酸果桜桃が利用されることがあります。甘果桜桃のほとんどは他家受粉が必須であるため、異なるS遺伝子型を持つ品種が必要です。しかし、一部には自家結実する品種も存在します。一方、酸果桜桃はすべて自家受粉が可能です。この果実は、ビタミンCやカリウム、葉酸が豊富なほか、リンゴ酸やクエン酸、ブドウ糖、果糖なども含んでいます。
過去の歩み
サクランボは古くから人々に親しまれてきました。甘果桜桃(セイヨウミザクラ、Prunus avium)は、イラン北部からヨーロッパ西部にかけて自然に生えていました。一方、酸果桜桃(スミミザクラ、Prunus cerasus)は西アジア、特にトルコ地域が起源とされています。この植物の起源に関する推測は、1世紀のローマの博物学者プリニウスの著作『博物誌』を基にしています。この本によると、ローマの執政官ルクッルスが第三次ミトリダテス戦争中に黒海の南岸、現在のトルコのギレスン周辺でサクランボの木を見つけ、ローマに持ち帰ったと記述されています。学名Cerasusは、ケラソスというラテン語から来ており、逆にサクランボが地名に影響を与えた可能性も考えられます。さらに、イギリスで青銅器時代のサクランボの種が発見されていることもあり、19世紀の植物学者アルフォンス・ド・カンドルは、ルクッルスが持ち帰ったのはセイヨウミザクラの品種だったのではないかと仮説を立てています。この2つのサクランボの品種は黒海沿岸からヨーロッパに広まり、イギリス、フランス、ドイツなどで普及しました。ノルマン人がこの果実を「シェリーズ」と呼び、後に英語で「チェリー」となりました。16世紀には本格的な栽培が始まり、17世紀にはアメリカにも伝えられました。一方、中国では古くから華北や華中にカラミザクラ(シナノミザクラ、Prunus pseudocerasus)が存在しました。この果実は「含桃」とも呼ばれ、小さくて丸ごと食べられることが特徴です。漢の時代の礼記にもその名が見られます。江戸時代、日本に伝来し、現在も一部地域で栽培されています。「桜桃」という名称は中国由来です。セイヨウミザクラの日本への紹介は明治時代初期で、ドイツ人ガルトネルが北海道に植えたのが始まりだと言われています。それ以降、東北地方を中心に栽培が広がり、品質改良も行われました。
品種
果肉の色によって、サクランボは白いものと赤いものに大別されます。色合いは乳白色やクリーム色から、黄色、赤色などバリエーションが豊富です。日本でよく見られるのは白肉種で、甘味と酸味のバランスが取れたさわやかな味わいが魅力です。一方、アメリカやイタリアでは赤肉種が主体で、こちらは酸味が控えめで甘さが際立っています。特にアメリカから日本に輸入される大粒の濃色サクランボは「アメリカンチェリー」として知られ、「ビング」や「レーニヤ」などの品種が存在します。
まとめ
桜桃とも呼ばれるサクラ科の果物であるさくらんぼは、落葉樹の一種で、果実は多くが赤く丸い形をしていますが、黄色や黒紫色の品種も存在します。日本では、生で食べるさくらんぼはほぼ甘味があるセイヨウミザクラ(Prunus avium)が主に栽培されています。調理用としては、酸味の強いスミミザクラ(Prunus cerasus)が用いられることがあります。さくらんぼは人類の歴史が始まる以前から食されており、甘果おうとうはイラン北部からコーカサス、そしてヨーロッパ西部が原産とされ、酸果おうとうは黒海とイスタンブール周辺が起源とされています。紀元前65年、古代ローマの将軍がトルコのギレスン近郊でさくらんぼを見つけ、ローマに持ち帰ったことからヨーロッパ各地へ広がりました。そのため、学名Cerasusはこの地域に因んでいます。こういった背景により、「さくらんぼ発祥の地ギレスン」と「日本一さくらんぼの里さがえ」は昭和63年に姉妹都市になりました。