かつてアメリカ大陸の森を堂々と彩ったアメリカ栗。その巨大な姿は、人々の生活と文化に深く根ざしていました。しかし、20世紀初頭に発生したクリ胴枯病によって、その繁栄は突如として終焉を迎えます。本記事では、失われた巨木、アメリカ栗の栄光と衰退の歴史を辿り、科学者や研究者たちの長年の努力によって進められている、再生への道のりを探ります。
栗とは:ブナ科が育む恵みと歴史
栗は、ブナ科クリ属に属する落葉高木です。その生育範囲は広く、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカの4大陸にまたがり、北半球の温暖な気候帯の山野に自生しています。世界にはおよそ12種類の栗が存在し、これらの栗の生育地は、年間平均気温が12℃前後の地域、つまり温帯の中部から北部にかけて分布しています。果樹として商業的に栽培されている主な栗の種類としては、日本栗(和栗)、西洋栗、中国栗、そしてアメリカ栗の4種類が挙げられます。栗の呼び方は地域によって異なり、英語では「chestnut」、フランス語では「marron」や「châtaigne」と呼ばれています。学名の「Castanea」は、栗を意味するギリシャ語の「castana」に由来するラテン語が語源であり、これが転じて英語の「chest」(栗)という単語が生まれ、さらに実を意味する「nut」と組み合わさり、「chestnut」(栗の実)という言葉になったとされています。フランス語の「マロン」は、本来はマロニエの実を指す言葉でしたが、マロングラッセに栗が使われるようになったことから、栗もマロンと呼ばれるようになったと言われています。ちなみに、食用にするにはアク抜きが必要なマロニエの実は、現代のヨーロッパでは一般的には食されていません。また、フランスでは、一つの果皮に大きな栗が一つだけ入っているものを「マロン」、複数の実が入っているものを「シャテーニュ」と区別して呼ぶ習慣があります。
世界四大栗の多様性と独自性
世界中で親しまれている栗の中でも、特に広く知られ、栽培されている日本栗、西洋栗、中国栗、アメリカ栗の四大栗は、それぞれが独自の特性と文化的背景を持っています。これらの栗は、その風味、食感、栽培方法、そして歴史の中で担ってきた役割において、さまざまな特徴を示しています。
日本栗(和栗)Castanea crenata:繊細な風味と豊富な品種
日本栗、一般的に「和栗」(学名:Castanea crenata)として知られる栗は、日本原産であり、野生のシバグリを長い年月をかけて品種改良したものです。その際立った特徴は、大粒の果実と、繊細で奥深い風味です。ただし、甘味は西洋栗や中国栗と比較するとやや控えめで、渋皮が剥がれにくく、果肉が比較的崩れやすいという性質があります。果肉の色は鮮やかな黄色をしており、この美しい色合いが和菓子の材料として重宝される理由の一つとなっています。早生種から晩生種まで、その品種は100種類以上にも及び、「筑波」や「伊吹」といった代表的な品種が存在し、古くから有名な「丹波栗」もこの和栗に分類されます。同じ品種であっても、栽培される地域の気候や風土によって、その味や品質が大きく変化するという点が、和栗の興味深い特徴です。和栗は、原産地である日本国内だけでなく、古くから朝鮮半島などのユーラシア大陸東部にも自生しており、日本産以外の和栗も市場に出回っています。また、その環境への適応力の高さから、多様な変種が存在することも特徴です。例えば、音衛門では、「天(和栗・国産丹波栗)」や「山清(和栗・韓国産)」といった、厳選された和栗を使用した栗のテリーヌ、栗をふんだんに使ったパウンドケーキ、栗納豆などの製品を製造しています。
西洋栗 Castanea sativa:ヨーロッパを代表する「マロン」の魅力
西洋栗(学名:Castanea sativa)は、南東ヨーロッパまたは西アジアが原産とされており、現在ではイタリア、フランス、スペインをはじめとするヨーロッパ全域に広く分布し、ヨーロッパを代表する栗として親しまれています。一般的に「マロン」と呼ばれる実をつけ、その歴史は古く、古代ローマ時代には既にいくつかの栽培品種が存在していたと言われています。日本栗と比較するとやや小ぶりですが、渋皮が剥きやすく、果肉がしっかりと詰まっているのが特徴です。ただし、粘り気は日本栗ほどではありません。西洋栗は、栗粉を使って作られる伝統的な料理「ポレンタ」や、さまざまな菓子に広く利用されていますが、特に大粒のものは、高級菓子として知られる「マロングラッセ」の主要な原料として珍重されています。また、小粒のものは、シンプルに焼いて食べる「焼き栗」としても親しまれており、ヨーロッパの秋の風物詩となっています。しかし、病気や害虫に対する抵抗力が弱いため、日本国内での大規模な栽培はあまり行われていません。音衛門では、厳選された西洋栗、特に「marrone dolce」を使用し、栗を贅沢に使ったパウンドケーキ、マロングラッセ、マロンコンフィ、そして各種栗のテリーヌなど、多彩な洋菓子にその風味と食感を活かしています。
アメリカグリ Castanea dentata:失われた巨木と復活への道
アメリカグリ(学名:Castanea dentata、英語名:American Chestnut)は、かつて北米大陸の東部に広く分布していた高木です。高さは最大30メートル、幹の直径は3メートルにも達する巨木であり、その実は食用として重宝されてきました。丈夫で腐りにくい木材は、先住民の時代から家、家具、柵など、様々な用途に用いられてきました。しかし、1904年にニューヨークで確認されたクリ胴枯病によって、アメリカグリは壊滅的な被害を受けました。この病気に対する抵抗力が非常に弱かったため、多くのアメリカグリが枯死し、個体数は激減しました。現在、わずかに生き残った木が北米の一部に存在しますが、商業的な流通はほとんどありません。病気に弱いため、日本での大規模な栽培は難しいとされています。アメリカグリの実は味が良く、渋皮が剥きやすく、果肉は粉質で甘みが強く、独特の芳香があります。アメリカグリの仲間には、ドングリのような実をつけるチンカピン(Castanea pumila)、矮性チンカピン(Castanea alnifolia)、Castanea ashei、フロリダチンカピン(Castanea floridana)、Castanea paupispinaなど、様々な種類が存在します。
まとめ
アメリカ栗の物語は、単なる樹木の喪失にとどまらず、生態系の崩壊と人間の関与のあり方を問いかける教訓です。かつて森を覆い尽くした巨木は、 胴枯れ病という病によってほぼ姿を消しましたが、その遺伝子には今も希望の光が宿っています。科学者たちのたゆまぬ努力によって、抵抗性を持つ栗の木が育ち、失われた森を再生する道が開かれようとしています。アメリカ栗の復活は、過去の過ちから学び、自然との調和を取り戻すための、長く険しい道のりの始まりを告げるでしょう。
質問:日本グリ(和栗)の特徴は何ですか?
回答:日本原産の和栗は、野生のシバグリを改良した品種です。特徴として、実が大粒で風味豊かであることが挙げられます。ただし、甘味は控えめで、渋皮が剥きにくい傾向があります。果肉は黄色味を帯びており、丹波栗などがよく知られています。筑波や伊吹など、100種類を超える多様な品種が存在します。
質問:「chestnut」と「marron」の違いは何ですか?
回答:「chestnut」は英語で、栗を総称する言葉として使われます。一方、「marron」はフランス語で、元々はマロニエの実を指していました。しかし、マロングラッセに栗が使われるようになったことから、栗も「マロン」と呼ばれるようになりました。フランスでは、一つの果皮に大きな実が一つだけ入っているものを「マロン」、複数の実が入っているものを「シャテーニュ」と区別することがあります。
質問:アメリカグリが現在ほとんど流通していないのはなぜですか?
回答:かつて北米で繁栄していたアメリカグリですが、1904年にニューヨークで確認された「クリ胴枯病」により壊滅的な打撃を受けました。この病気に対する抵抗力が極めて低かったため、アメリカグリの個体数は激減し、現在では市場で見かけることはほとんどありません。