食物アレルギーは、私たちの生活において身近な問題となりつつあります。特定の食品を摂取した際に、免疫システムが過剰に反応し、様々な不快な症状を引き起こす可能性があります。この記事では、食物アレルギーの原因となる代表的な食品や物質、そしてアレルギー反応のメカニズムについて詳しく解説します。アレルギーを持つ方はもちろん、そうでない方も、正しい知識を身につけ、日々の食生活に役立てていきましょう。
食物アレルギーとは:免疫システムの誤作動
食物アレルギーは、特定の食べ物を摂取した際に、体の防御システムである免疫が過剰に反応し、様々な不快な症状を引き起こす現象です。これは、食物に含まれる特定のタンパク質が引き金となり、体がこれを危険な異物と誤認することで起こります。その結果、IgE抗体という物質が大量に作られ、アレルギー反応が生じます。牛乳を飲むと下痢をする乳糖不耐症や、細菌による食中毒は、食物アレルギーとは異なります。
主な原因となる食物:卵、牛乳、小麦
日本において、食物アレルギーの主な原因となるのは、卵、牛乳、そして小麦です。これらの食品だけで、アレルギー全体の約3分の2を占めています。特に卵は最も多く、全体の約40%を占めるほどです。近年では、クルミやカシューナッツといった木の実によるアレルギーも増えてきています。その他、ピーナッツ、キウイフルーツやバナナなどの果物、イクラやたらこなどの魚卵、ソバ、大豆、魚介類なども原因となり得ます。
年齢によって異なる原因食物
食物アレルギーの原因となる食べ物は、年齢によってその割合が変わってきます。乳幼児期には、卵、牛乳、小麦が主な原因ですが、成長するにつれて、原因となる食物も変化していきます。
原因食物に含まれるタンパク質の特性
タンパク質には、アレルギーを引き起こしやすい構造とそうでない構造があります。そのため、タンパク質の含有量が多い食物が、必ずしもアレルギーの原因になりやすいとは限りません。例えば、キウイフルーツはタンパク質の量は少ないにもかかわらず、アレルギーの原因食物として上位に位置しています。これは、キウイフルーツに含まれるタンパク質が、アレルギー反応を起こしやすい構造を持っているためと考えられます。一方、肉類はタンパク質の塊ですが、肉アレルギーを持つ人は比較的少ないです。これは、牛、豚、鶏などの筋肉の構造と、人間の筋肉の構造が似ているため、免疫システムが寛容に働き、異物として認識されにくいと考えられています。
加熱によるアレルゲン性の変化
「アレルギーの原因となる食物でも、加熱すれば問題ない」という誤解がしばしば見られます。口にした食物は、消化器官を通る過程で様々な消化液によって分解されますが、アレルギーの原因となるタンパク質は、強い酸性やアルカリ性の消化酵素にも耐えうる、非常に安定した構造を持っています。しかし、鶏卵など一部の食品においては、加熱によってタンパク質の構造が変化し、アレルゲン性が低下する場合があります。そのため、卵アレルギーを持つ人の中には、生の卵や半熟卵は摂取できなくても、加熱した卵料理は食べられるというケースが見られます。ただし、多くの食物においては、加熱がアレルゲン性を低下させる有効な手段とは言えないことを理解しておくことが重要です。
即時型食物アレルギーの症状
食物アレルギーの症状は個人差が大きく、多岐にわたりますが、特に注意すべきは、食物を摂取してから2時間以内に現れる即時型食物アレルギーの症状です。代表的な症状としては、皮膚症状(蕁麻疹、かゆみなど)、呼吸器症状(呼吸困難、咳、喘鳴など)、粘膜症状(まぶたや唇の腫れなど)、消化器症状(腹痛、嘔吐、下痢など)、そして重篤な場合にはショック症状が現れることがあります。皮膚症状が最も一般的ですが、呼吸困難を引き起こす粘膜の腫れは、窒息の危険性があるため特に注意が必要です。ショック症状は、血圧低下などを伴う最も深刻な状態で、生命に関わる危険な状態です。
アナフィラキシーショック:生命を脅かす急性アレルギー反応
アナフィラキシーとは、アレルギー反応によって複数の臓器に症状が急速に現れる全身性の反応です。アナフィラキシーショックは、アナフィラキシーの中でも、血圧の著しい低下や意識障害、場合によっては心肺停止に至る危険な状態を指します。アナフィラキシーショックの治療には、アドレナリンという薬が非常に有効であり、症状が現れてから30分以内に投与されることが望ましいとされています。そのため、緊急時にアドレナリンを投与できるよう、アドレナリン自己注射薬(エピペン)が開発されています。エピペンは、安全キャップを外して太ももに押し当てることで、自動的に薬剤が注入されるように設計されています。原則として患者本人が使用するものですが、緊急時には保護者も使用できます。患者本人が自己注射できない状況を想定し、学校や保育園などでは、教職員が本人に代わって注射できるようトレーニングが行われ、救命率向上に繋がる取り組みが広がっています。
食物アレルギーの有病率
日本における食物アレルギーの有病率は、全体としておよそ1~2%程度と推定されています。特に、小児(15歳以下)や乳幼児(1歳以下)の発症が多く、おおよそ10人に1人が食物アレルギーを持っていると言われています。近年、食物アレルギーに関する研究が進み、データも充実してきましたが、依然として正確な数値を把握するには至っていません。しかし、実際の医療現場では、食物アレルギーを持つ患者の数は年々増加傾向にあると感じられています。
乳幼児期の発症は治りやすい
食物アレルギーは、特に乳幼児期(6歳未満)に発症した場合、成長とともにアレルギーに対する耐性を獲得しやすく、比較的症状が改善しやすい傾向があります。これは、乳幼児の腸管が持つ消化機能と腸管免疫という二つの重要な機能によるものです。これらの機能は、摂取した食物を適切に消化し、体にとって有害な異物の吸収を調整する役割を担っています。成長とともに消化機能と腸管免疫が発達することで、腸管は食物成分をより細かく選別できるようになり、結果として、以前はアレルギー反応を引き起こしていた食物でも食べられるようになることがあります。例えば、乳幼児期に発症しやすい卵、牛乳、小麦のアレルギーは、6歳までに約9割の子どもたちが克服できるとされています。
速やかに病院へ
もし食物アレルギーの症状が現れたかもしれないと感じたら、自己判断は避け、速やかに医療機関を受診してください。自己判断で特定の食物を食事から除去することは、かえって不必要な食事制限を増やしてしまう可能性があります。医療機関では、まず、患者の食習慣やアレルギー症状が現れた時の状況などについて詳しく問診が行われます。その後、皮膚テスト(プリックテスト)や血液検査などの検査を行い、アレルギーの原因となっている可能性のある物質を特定していきます。皮膚テストでは、皮膚に小さな傷をつけ、そこに検査用の卵や牛乳などの抽出液をたらし、皮膚の反応を観察します。血液検査では、アレルギー反応を引き起こすIgE抗体が血液中に存在するかどうかを調べ、アレルゲンを推定します。ただし、これらの検査結果はあくまで参考情報であり、食物アレルギーの確定診断のためには、最終的に食物負荷試験が必要となることが一般的です。
治療薬と栄養指導
現在のところ、食物アレルギーを根本的に治療する薬は存在しません。食物アレルギー治療の基本は、原因となる食物を完全に除去した食生活を送ることです。しかし、食事からの除去は必要最小限にとどめ、栄養バランスが偏らないように、代替食品の紹介や栄養指導を専門家から受けることが重要です。例えば、牛乳アレルギーを持つ人には、牛乳のタンパク質を分解したアレルギー対応ミルクなどの代替食品を利用して、必要なカルシウムを補給します。また、小麦アレルギーを持つ人には、米粉で作られたうどんなどを活用するなどの工夫が考えられます。食物アレルギーの治療においては、原因食物を除去するだけでなく、代替食品などを活用しながら、健康的で楽しい食生活を送れるように支援することが大切です。
食物負荷試験による摂取可能量の確認
特に、卵、牛乳、小麦といった食品は、お子様によっては成長と共にアレルギー反応が出なくなることがあります。しかし、実際に食べられるかどうかは、皮膚テストや血液検査だけでは判断できません。これらの検査結果はあくまで参考情報として捉え、実際に食品を摂取する食物負荷試験を行い、安全に食べられる量を確認することが大切です。ただし、食物負荷試験はアレルギー症状を引き起こすリスクがあるため、必ず医師の監督のもと、慎重に進める必要があります。
加工食品におけるアレルギー表示のルール
食品衛生法に基づき、加工食品にはアレルギー表示に関するルールが定められています。特定の食品について、アレルギーを起こしやすい、または症状が重くなりやすい場合に、ごく少量でも含有する際には表示が義務付けられています。これは、食品に含まれるアレルゲンを消費者が容易に認識できるようにするためのものです。現在、表示が義務付けられている特定原材料は8品目(卵、乳、小麦、えび、かに、落花生、そば、くるみ)であり、表示が推奨されている特定原材料に準ずるものが20品目あります。ただし、表示義務のある特定原材料以外の食品(表示が推奨されている原材料を含む)は、加工食品に含まれていても表示されない可能性があるため、個別に確認することが重要です。
アレルギー表示を見る際の注意点
アレルギー表示には、アレルゲンと似たような名称で、誤解を招きやすい表示も存在します。例えば、「卵殻カルシウム」は卵の殻を加工したものであり、加熱の有無に関わらず、卵のタンパク質はほとんど残っていないため、基本的に除去する必要はありません。また、「乳化剤」や「乳酸ナトリウム」のように、"乳"という文字が含まれていても、牛乳とは全く関係のない物質もあります。これらの物質は、卵や牛乳アレルギーを持つ人でも、通常は摂取可能です。
アレルギー表示の対象外となる食品について
加工食品であっても、アレルゲンが含まれていても表示されないケースがあることに注意が必要です。例えば、コンビニエンスストアで販売されているお弁当にはアレルギー表示がありますが、店内で調理されるおでんや惣菜などには表示がない場合があります。これは、容器で包装された加工食品や添加物が表示の対象であり、それ以外の食品は対象外となっているためです。飲食店や露店などで販売される加工食品も、表示の義務はありません。飲食店での表示は参考程度にとどめ、必ず店員に原材料などを確認するようにしましょう。特に、ごく微量のアレルゲンでも症状が出る場合は、表示の有無に関わらず、飲食店での食事や、包装されていない加工食品は避ける方が賢明です。アレルギー表示には様々なパターンがあるため、患者自身が正しい知識を身につけ、安心して食事を楽しめるように努めましょう。
食物アレルギー治療の今後と研究
近年、食物アレルギーの研究は目覚ましい進歩を遂げており、経口免疫療法といった革新的な治療法も登場しています。これらの治療法は、アレルゲンとなる食品を少しずつ摂取することで、身体を慣らし、アレルギー反応を和らげることを目指しています。ただし、これらの治療法はまだ開発段階であり、すべての人に効果があるとは限りません。今後の研究によって、より安全で有効な治療法が確立されることが期待されています。
結び
食物アレルギーに苦しむ患者さんの数は増加傾向にあり、社会的な関心も高まっています。正しい知識を身につけ、適切な対応をすることで、食物アレルギーを持つ方も安心して暮らせる社会を実現する必要があります。この記事が、食物アレルギーへの理解を深め、より適切な対策を講じるための一助となれば幸いです。
食物アレルギーは遺伝するのでしょうか?
食物アレルギーになりやすい体質は遺伝する可能性はありますが、親御さんが食物アレルギーを持っていたとしても、お子さんが必ず発症するとは限りません。遺伝的な要因に加えて、生活環境なども影響すると考えられています。
食物アレルギーを予防する方法はありますか?
残念ながら、現時点では食物アレルギーを完全に予防する方法は見つかっていません。しかし、妊娠中や授乳中の母親が極端な食事制限をすることは、かえってお子様のアレルギー発症リスクを高めてしまう可能性があるため、医師の指示がない限り、自己判断で食事制限をしないようにしましょう。離乳食を始める際は、少量ずつ様々な食品を試してみて、いつもと違う様子が見られた場合は、すぐに医師に相談することが重要です。
食物アレルギーを持つお子さんが学校や保育所で気をつけるべきこと
お子さんの食物アレルギーに関して、学校や保育所との綿密な連携が不可欠です。アレルギーの種類や症状、緊急時の対応方法などを正確に伝え、共有しておくことが大切です。給食の内容や調理過程を確認し、アレルゲンとなる食材が使用されていないか確認しましょう。お子さん自身にも、自身のアレルギーについてしっかりと理解させ、誤ってアレルゲンを含む食品を口にしないよう、日頃から注意を促すことが重要です。
食物アレルギーがあっても外食を楽しめますか?
食物アレルギーをお持ちの方でも、外食は十分に可能です。しかし、事前にレストランへアレルギーがある旨を伝え、メニューの詳細や調理方法について確認することが大切です。アレルギー対応メニューを用意しているレストランを選ぶのも良いでしょう。念のため、緊急連絡先やアドレナリン自己注射薬(エピペン)を常に携帯し、万が一の事態に備えておくと安心です。