臭橙(カボス):知られざる名と歴史
大分県の特産品として知られるカボス。その爽やかな香りと酸味は、日々の食卓を豊かに彩ります。学名Citrus sphaerocarpa、標準和名カボスキシュウミカンという正式な名前を持ちながら、「臭橙」という少し変わった表記があるのをご存知でしょうか?この記事では、カボスが辿ってきた知られざる歴史と、その名前の由来に迫ります。食文化に深く根ざしたカボスの魅力に、新たな光を当てていきましょう。

カボス(臭橙・香母酢)の基本情報と概要

カボス(学術名:Citrus sphaerocarpa)は、ミカン科に属する柑橘系の果物で、特に大分県の名産として知られています。特徴的な点は、その強い酸味であり、同じ香酸柑橘であるスダチよりも一般的にサイズが大きいことです。正式な和名としては「カボスキシュウミカン」とも呼ばれます。カボスの字としては「臭橙」や「香母酢」が使われますが、「臭橙」は常用漢字外であり、「香母酢」は当て字として扱われます。例えば、詳細な日本国語大辞典や日外アソシエーツの動植物名読み方辞典では、「臭橙」に「かぶち」や「かぼす」という読み方が示されています。歴史を紐解くと、「伊京集」に「ユカウ」という記述があり、世界大百科事典(旧版)によると、古くからあるダイダイ(橙)の一種である「カブス」(蚊無須、蚊燻が語源という説も)の別名が「臭橙(しゅうとう)」であったとされています。これらの記録は、カボスが昔から日本で栽培され、様々な名前で親しまれてきたことを物語っています。カボスは、その独自の香りと酸味を活かして、多種多様な料理や加工品に使われ、日本の食文化において重要な位置を占めています。

カボスの特性とスダチとの区別

カボスは、ミカン科の植物であり、枝には鋭いトゲがあるのが特徴です。果実は通常、緑色の状態で収穫されますが、成熟すると鮮やかな黄色へと変化します。果肉は黄白色をしており、水分が豊富で、強い酸味が際立っています。主に果汁を搾って利用され、料理の風味を引き立てたり、酸味を加えるために使われます。カボスは、同じく緑色の香酸柑橘として知られるスダチとしばしば間違われますが、両者には明確な違いが存在します。カボスの果実の重さが通常100グラムから150グラム程度であるのに対し、スダチは30グラムから40グラム程度と、カボスの方が明らかに大きいです。また、外見上の重要な識別点として、カボスは果実の頂点にある雌しべが落ちた跡の周辺が、ドーナツ状にわずかに盛り上がっていることが挙げられます。この隆起はスダチには見られないため、この点に着目することで容易にカボスとスダチを区別できます。これらの特徴によって、カボスはその独特な風味に加え、見た目にも他の柑橘類とは異なり、独自の存在感を示しています。

カボスの歴史と名前の由来

カボスの主要産地である大分県には、その栽培の起源に関して興味深い言い伝えが存在します。およそ300年前、宗源という医師が京都からカボスの苗を持ち帰ったことが、大分における栽培の始まりであるとされています。実際に、臼杵市内には以前、樹齢200年と伝えられる古木が存在し、2021年(令和3年)の時点でも樹齢100年前後の古木が残っています。これらの古い木が大分県外には見られないことから、カボスが大分県を原産とするという説が有力視されています。カボスという名前の由来については、文献で確認できるのは比較的最近のことで、その起源ははっきりしていません。しかし、日本の古い文献には、ダイダイの一種として「カブチ」や「カブス」という名前の柑橘類が登場します。たとえば、平安時代の『本草和名』や『倭名類聚抄』には「柑子」という記述とともに「和名加布知」と記載されており、現代でも九州地方から紀伊半島にかけての地域でダイダイを「かぶち」と呼ぶ習慣が残っています。さらに、1603年(慶長8年)頃に発行された『日葡辞書』には「Cabusu」という記述があり、1709年(宝永6年)に刊行された貝原益軒の『和漢三才図会』には「カブス」に関する詳細な記述が見られます。この書物では、「カブス」という名前の由来として、「柑子」(かむし、かむす)が変化したという説や、乾燥させた皮を燻して蚊よけに使ったことに由来するという説が紹介されています。また、九州の一部地域ではスダチを「かぶす」と呼び、四国の一部地域ではザボンを「かぼそ」と呼ぶ例もありました。しかしながら、これらの古くから存在する柑橘類の名前と現代の「カボス」との直接的な関係については、まだ不明な点が多いとされています。このように、カボスの名前には、歴史的、地域的な様々な要素が複雑に絡み合っており、その起源は非常に深く、探求の余地が多く残されています。

カボスの生産量と旬の時期

カボスの生産は、近年、日本全国で増加傾向にありますが、その大部分は大分県で生産されています。2018年(平成30年)の日本全体の収穫量は5,200トンと推定されており、その中でも大分県が主要な産地としての地位を確立しています。大分県内では、特に臼杵市、津久見市、竹田市、豊後大野市などでカボスの栽培が盛んに行われています。これらの地域は、気候や土壌がカボスの栽培に適しており、高品質な果実が安定的に供給されています。カボスの出荷時期は、栽培方法によって異なります。ハウス栽培されたものは3月から7月にかけて市場に出回り、露地栽培されたものは8月から10月が旬の時期となります。さらに、収穫されたカボスの一部は貯蔵され、10月中旬から翌年の2月にかけても出荷が続けられます。これにより、一年を通して新鮮なカボスが手に入るようになり、様々な料理や加工品に利用することが可能になっています。このように、計画的な生産と出荷体制によって、カボスは全国の消費者にその独特な風味を届けています。

カボスの多彩な用途

カボスの果汁は、豊富な有機酸を含み、特有の清々しい香りとキリッとした酸味が特徴で、様々な料理や加工品に活用されています。調理においては、レモンや酢の代わりに、焼き魚や鍋料理、お味噌汁、お漬物、揚げ物の風味づけに用いられることが一般的です。特に大分県では、カボスを日常的に食卓に取り入れる習慣があり、お刺身や唐揚げ、冷やし中華、ラーメン、お蕎麦など、色々な料理に少量果汁をたらして風味を豊かにします。また、果汁や果肉を活かした加工品も数多く開発されています。代表的なものとしては、カボスジュース、ポン酢、ゼリー、ジャム、アイスクリーム、シャーベット、リキュール、そして健康食品などが挙げられます。これらの加工品は、カボスの美味しさを手軽に味わえるように工夫されています。さらに、大分県では、カボス入りのエサで育てた魚や鶏肉を「かぼすブリ」「かぼすヒラメ」「かぼす鶏」といったブランド名で販売しています。これは、カボスに含まれる有機酸の働きにより、ブリなどの魚の身の色変わりや生臭さを長く抑える効果があるためです。このように、カボスはその風味だけでなく、機能性においても注目を集め、幅広い分野で役立てられています。

地域ブランド「大分かぼす」

「大分かぼす」は、大分県を代表する地域ブランドとして、様々なプロモーションと保護のもとでその価値を高めています。そのシンボルの一つが、2003年(平成15年)に大分県で開催された「わかば国体」のイメージキャラクターとして登場した「カボたん」です。カボたんは、国体終了後も大分県カボス振興協議会によって「大分かぼす」の公式キャラクターとして使われ、2005年(平成17年)からはカボスだけでなく大分県全体の地域振興に広く活用されるようになりました。このキャラクターは、カボスの親しみやすさと大分県の魅力を伝える役割を担っています。さらに、「大分かぼす」は、その品質と地域性を守るための重要な制度である「地理的表示保護制度(GI)」の対象として、2017年(平成29年)5月に登録されました。このGI登録によって、「大分かぼす」は特定の地域で作られ、その地域の気候、風土、人々の知識によって育まれた特別な品質や評価を持つ農林水産物として、国によって法的に保護されることになりました。これにより、産地の偽装や品質の低い類似品から「大分かぼす」が守られ、消費者は安心して本物の品質を堪能することができます。GI保護制度は、「大分かぼす」のブランド価値をより一層高め、地域経済の活性化にも貢献しています。

まとめ

カボスは、大分県を代表する香酸柑橘であり、その独特の酸味と香りは日本の食文化に深く浸透しています。昔は「臭橙」と書かれていたこともあり、ダイダイとの関連も考えられるなど、その歴史は古く、名前の由来にはいくつかの説があります。宗源という医者が京都から苗を持ち帰ったという言い伝えから、大分県がカボスの原産地であるという説が有力で、現在も樹齢100年を超える古木が残っています。果実はスダチよりも大きく、果実上部の特徴的なドーナツ型の盛り上がりで見分けることができます。2018年には全国で5,200トンが収穫され、そのほとんどが大分県産で、臼杵市、津久見市、竹田市、豊後大野市などが主な産地です。ハウス栽培、露地栽培、貯蔵と一年を通して出荷され、様々な旬の味が楽しめます。料理の風味付けやレモン・酢の代わりとしてだけでなく、ポン酢やジュース、お菓子などの加工品としても広く使われています。特に大分県では、カボスを加えたエサで育てられた「かぼすブリ」や「かぼすヒラメ」など、地域ならではの活用法も展開されています。2003年のわかば国体のマスコット「カボたん」が地域振興に貢献し、2017年には「大分かぼす」が地理的表示保護制度(GI)に登録され、その地域ブランドとしての価値と品質が国によって守られています。カボスは、その多彩な用途と地域に根ざしたブランド戦略により、これからも多くの人々に愛され続けるでしょう。

カボスとスダチの違いは何ですか?

カボスとスダチはどちらも緑色の香酸柑橘ですが、大きな違いはそのサイズです。カボスは100~150グラムほどで、スダチの30~40グラムほどに比べて一回り大きいです。また、カボスには果実上部の雌しべが落ちた跡の周りがドーナツ型に少し盛り上がる特徴がありますが、スダチにはこの盛り上がりは見られません。

「臭橙」という言葉はカボスのどのような意味を表していますか?

カボスを漢字で表す場合、「臭橙」と「香母酢」という二通りの書き方があります。「臭橙」は昔から用いられてきた表現ですが、常用漢字ではないため、「香母酢」が当て字として使われることがあります。昔は「かぶち」とも呼ばれ、ダイダイの一種として扱われることもありました。

カボスの収穫時期はいつですか?

カボスは、栽培方法によって収穫できる時期が異なります。温室栽培されたものは3月から7月にかけて、露地栽培されたものは8月から10月にかけて旬を迎えます。さらに、収穫後に貯蔵されたカボスは10月中旬から翌年の2月頃まで出荷されるため、ほぼ一年を通して市場に出回っています。

カボスは主にどこで栽培されていますか?

カボスは日本各地で栽培されていますが、中でも大分県が圧倒的な生産量を誇る特産地として知られています。2018年の全国総収穫量5,200トンのうち、大半が大分県で生産されました。大分県内では、臼杵市、津久見市、竹田市、豊後大野市などが主要な産地となっています。

「大分かぼす」がGI登録されたことの意義は何ですか?

「大分かぼす」が2017年5月に地理的表示保護制度(GI)に登録されたことは、その名称が特定の地域、すなわち大分県の自然環境や、長い年月をかけて培われた栽培技術によって生み出された、特別な品質と評価を持つ農産物であることを国が正式に認めたことを意味します。この登録によって、産地を偽装した商品や品質の劣る類似品から「大分かぼす」のブランドが守られ、消費者は安心して本物の品質を手に取ることができるようになります。さらに、地域ブランドの価値を高め、地域経済の活性化にも貢献します。


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