初夏の訪れを告げる、鮮やかな宝石のような果実、チェリー。その甘酸っぱい味わいは、私たちを魅了してやみません。一口にチェリーと言っても、実は様々な種類があり、それぞれに異なる風味や特徴を持っています。今回の記事では、チェリーの奥深い世界をプロの視点から徹底解説。代
表的な品種から、その特徴、そしてチェリーを最大限に活かしたおすすめのスイーツまで、余すところなくご紹介します。さあ、チェリーの魅力を再発見する旅に出かけましょう。

はじめに:初夏を彩るチェリーの魅力と本記事について
皆様、こんにちは。お菓子研究家であり、ジェラート店R65のオーナーでもある田中花子です。今回のテーマは、初夏の訪れを告げるフルーツ「チェリー」です。チェリーには大きく分けて「甘果(かんか)桜桃(おうとう)」、一般的にスイートチェリーと呼ばれるものと、「酸果(さんか)桜桃(おうとう)」、サワーチェリーと呼ばれるものの2種類があります。「甘果=甘い?」「酸果=酸っぱい?」というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。そこで今回は、2種類のチェリーそれぞれの特徴、違い、そしておすすめの活用方法などを詳しく解説していきます。ぜひ最後までお付き合いください。
チェリー(桜桃)とは?甘果桜桃と酸果桜桃
まずは、チェリーの基本的な情報から見ていきましょう。本記事では、海外産も含めた桜桃全般を『チェリー』、特に国内で生産される品種を指す場合に『さくらんぼ』と表記します。さくらんぼは桜の木に実りますが.私たちがよく目にするソメイヨシノなどの観賞用の桜とは異なる種類の木です。これらの木は少し遅れて花を咲かせ、その後、可愛らしい果実を実らせます。市場でよく見かけるのは、主に生食される「甘果桜桃(スイートチェリー)」と、ジャムや焼き菓子などに加工される「酸果桜桃(サワーチェリー)」です。
チェリーの旬と収穫時期
チェリーが最も美味しくなる旬は、梅雨時期から初夏にかけての6月から7月上旬頃です。近年ではハウス栽培も普及しており、5月頃から店頭に並ぶこともあります。
スイートチェリー(甘果桜桃)の特徴と代表品種
甘果桜桃は、一般的にスイートチェリーと呼ばれ、生でそのまま美味しく食べられるのが特徴です。世界中で様々な品種が栽培されており、日本を代表する品種としては、佐藤錦や紅秀峰などがあります。これらの品種は、赤色と黄色が混ざり合った美しい色合いをしています。また、アメリカ産のビング種は、濃い紫色をしており、アメリカンチェリーやダークチェリーという名前でも親しまれています。
レイニアチェリー:その特徴と希少性
レイニアチェリーという名前を初めて聞く方もいるかもしれません。これは、アメリカ西海岸の最北部に位置するワシントン州で生まれた、非常に甘くて大きな実が特徴的なアメリカンチェリーの一種です。一度食べると、その甘さとジューシーさに魅了される人が多いと言われています。一般的な濃い色のアメリカンチェリーとは異なり、黄みがかったピンク色をしています。その大きさは500円玉ほどもあり、果肉がたっぷり詰まっているのが特徴です。一粒あたり約18〜20gと、通常のアメリカンチェリー(約10g)の約2倍もの大きさです。レイニアチェリーは年に一度、わずか2週間ほどしか収穫できず、旬は6月下旬にカリフォルニア州から始まり、北上してワシントン州で最盛期を迎えます。収穫期間が非常に短いため、ワシントン州でもなかなか手に入らない、非常に希少なチェリーです。

レイニアチェリーの甘さの秘密と栽培環境
国産のさくらんぼの糖度が平均14%程度であるのに対し、レイニアチェリーの糖度はなんと20%と非常に高いのが特徴です。この高い糖度の秘密は、レイニアチェリーが栽培される農園の土壌にあります。レイニアチェリーの産地であるワシントン州には、雨の多い都市シアトルがありますが、レイニアチェリーが栽培されているオービル農園は、シアトルから東へ約3時間(約250km)離れた、昼夜の寒暖差が大きく乾燥した地域、ウェナッチー地方に位置しています。雨が多いシアトルとは対照的に、気温が高く乾燥した気候が特徴です。ワシントン州は東西に約400kmと広大であるため、同じ州内でも気候が大きく異なります。ウェナッチー地方特有の、昼夜の寒暖差と乾燥した土地が、チェリーにたっぷりと栄養を蓄えさせ、国産のさくらんぼとは一線を画す甘さ、そしてプリプリとした食感と大きな実を生み出すのです。
最高級ブランド「GEE WHIZ」の品質
GEE WHIZは、厳格な品質基準で知られるレイニアチェリーのブランドの一つです。長年の経験に基づいた選別基準により、大玉で糖度の高いチェリーが安定して供給されています。「素晴らしい」という意味を持つ英語のGee Whizという名前の通り、感動的な美味しさを届けてくれます。
レイニアチェリーの栄養と名前の由来
チェリーにはビタミンCをはじめ、豊富な栄養素が含まれており、レイニアチェリーも例外ではありません。100gあたり約65kcalとヘルシーで、夏バテしやすい暑い時期に、大切な人への贈り物としても最適です。ちなみに、「レイニア」チェリーの名前は、産地であるワシントン州タコマの象徴的な山、Mt. Rainier(マウントレイニア)に由来しています。標高4392mのカスケード山脈の最高峰であり、シアトルをはじめとするワシントン州の様々な場所からその雄大な姿を眺めることができるため、ワシントン州の人々にとって日本の富士山のような存在です。「最高のチェリーである」という意味を込めて、マウントレイニアから名前をとり、「レイニアチェリー」と名付けられました。
サワーチェリー(酸果桜桃)の特性、代表的な品種、そしてグリオットチェリー
酸味が強いサワーチェリーは、一般的に生食には適さず、砂糖で煮詰めてジャムやパイなどに用いられます。国内での栽培は非常に少なく、そのほとんどを欧米からの冷凍品や缶詰、瓶詰めの輸入に頼っています。代表的な品種としては、鮮やかな紅色が特徴のモンモランシー種が挙げられます。「グリオット」はフランス語でさくらんぼを意味し、特にサワーチェリーを指すことが多いです。グリオットチェリーは、フランスや中東欧で広く利用されているサワーチェリーの一種で、正式には「モレロチェリー」とも呼ばれます。果肉は赤く、一般的なアメリカンチェリーと比較して小ぶりで皮が薄く、しっかりとした酸味が特徴です。その酸味と豊かな香りは、お菓子やソースに使用した際に際立ちます。タルトやコンフィチュール、リキュール漬けなどにもよく用いられ、フランス菓子の定番素材として親しまれています。単なる甘さだけでなく、キュッと引き締まった酸味があるからこそ、他の素材と組み合わせた際に絶妙な調和が生まれるのです。
加工方法によるチェリーの風味の違い
ここでは、2種類のチェリーを加工した状態で比較し、味や見た目の違いを見てみましょう。スイートチェリーはシロップ漬け(ヘビーシロップ)、サワーチェリーは水煮で比較します。(ヘビーシロップ)とは、農産物缶詰・びん詰の品質表示基準で、糖度が18%以上22%未満のシロップに漬けた状態を指します。(出典: 一般社団法人日本缶詰びん詰レトルト食品協会『果物の缶詰の甘味度について教えてください』, URL: https://www.jca-can.or.jp/useful/qa/73, 2018-08-03)糖度が異なるため、それぞれのチェリーをそのままの状態と、甘さを調整した状態の2パターンで比較します。
味わい
シロップ漬けのスイートチェリーは、そのままいくつも食べられるような、すっきりとした甘さが特徴です。ショートケーキのサンドにも適しているでしょう。比較すると、スイートチェリーの方が味が濃く感じられます。一方、サワーチェリーはほとんど甘みがなく、チェリー本来の風味と強い酸味を味わえます。そのまま食べることもできますが、甘い生地に混ぜたり、コンポートにして食べるのがおすすめです。
見た目
スイートチェリーは、赤紫色の落ち着いた色合いをしています。サワーチェリーは、赤色が鮮やかで、スイートチェリーよりも小ぶりな点が特徴です。
食感
甘いチェリーは、しっとりとしていながらも心地よい歯ごたえがあり、果汁が豊富です。一方、酸味のあるチェリーは、よりソフトで、とろけるような食感が特徴です。
味わい
以下の割合で混合し、加熱・冷却したものを比較検討しました。甘いチェリーは、シロップの甘さを考慮し、砂糖の量を調整しています。甘いチェリーはそのまま食べても美味しかったのですが、甘みが増すと風味も際立ち、焼き菓子との組み合わせに可能性を感じました。酸味のあるチェリーは、砂糖を加えることで酸味と甘みの両方が強調され、バランスの取れた、力強いチェリー本来の風味になりました。そのまま味わうのも良いですが、風味が濃厚なため、たくさん食べるというよりは、アクセントとして活用できるでしょう。甘みを加えた後は、酸味のあるチェリーの方がより味が濃く感じられました。
見た目と食感
加熱の前後で、外観や口当たりに大きな変化は見られませんでした。

アメリカにおけるチェリーパイ文化と本場の選択
甘いチェリーと酸味のあるチェリー、それぞれに魅力がありますが、どのようなスイーツと相性が良いのでしょうか?そのヒントとして、チェリーを使った代表的なお菓子「チェリーパイ」を作ってみました。アメリカで親しまれているチェリーパイは、本場では酸味のあるチェリーで作られるのが一般的です。
甘いチェリーパイの風味と個性
甘いチェリーを使ったパイは、チェリー特有の優しい甘さと、サクサクとしたパイ生地が織りなすハーモニーが魅力で、誰にとっても親しみやすい味わいです。ただし、パイ生地に使われるバターの芳醇な香りが、チェリーの繊細な風味をやや覆ってしまう場合もあります。
酸味のあるチェリーパイの風味と個性
酸味の強いチェリーのパイは、その甘酸っぱく、はっきりとした風味が、バターの豊かな風味と見事に調和し、最高の組み合わせとなります。力強いチェリーの風味を求める方にとっては、まさに至福の味わいと言えるでしょう。
チェリーパイの見た目の違い
甘いチェリーのパイは、焼き上げると、紫がかった深みのある落ち着いた色合いになります。対照的に、酸味のあるチェリーのパイは、焼き上げ後も鮮やかな赤色を保ち、見た目にも愛らしい印象を与えます。
チェリーパイのまとめ:酸味のあるチェリーが主流である理由
酸味のあるチェリーの缶詰にチェリーパイの写真が使われていることからもわかるように、チェリーパイといえば酸味のあるチェリーを使うのが一般的です。甘いチェリーのパイは、チェリーの風味が穏やかなため、香ばしいパイ生地と合わせる際には、カスタードクリームなどを加えて、全体の風味のバランスを整えることで、より一層美味しく楽しむことができます。
お菓子作りにおける風味の役割の違い
同じ焼き菓子を異なる2種類のさくらんぼで作ると、甘味の強いチェリーを使うと、その穏やかな風味が生地の持ち味と調和し、一体感のある味わいとなります。一方で、酸味の強いチェリーを使用すると、そのはっきりとした風味が生地の風味と互いに引き立て合い、お菓子の中で際立った存在感を放ちます。
生地との調和を考えた選択
組み合わせる生地の風味の強さや香ばしさが、さくらんぼの種類を選ぶ上で重要な手がかりになるでしょう。
味わう人に合わせたセレクト
もし小さなお子様や酸味が苦手な方がいらっしゃる場合は、甘味の強いチェリーを使ったレシピを選ぶか、酸味の強いチェリーを使う際には、砂糖を多めに加えたレシピを選ぶことをおすすめします。酸味と甘みが際立った、力強い風味が好きな方には、酸味の強いチェリーが特に喜ばれるでしょう。
グリオットチェリーのユニークな活用法:ジェラートへの応用
グリオットチェリーの酸味は、乳脂肪分の多いジェラートと合わせることで、互いの風味を引き立てます。ソースにしてジェラートにかけることで、チェリーのフレッシュな香りと食感を楽しむことができます。グリオットチェリーは、イタリアの伝統的なジェラートに使われるアマレーナチェリーとは異なる風味ですが、酸味と香りがジェラートに深みを与える素材として注目されています。
おすすめのチェリーレシピ
チェリーの持ち味を最大限に引き出す、選りすぐりのレシピをご紹介します。お好みのチェリーを見つけて、色々なスイーツ作りにチャレンジしてみましょう。
まとめ
この記事を通して、これまで少し分かりにくかった甘果チェリーと酸果チェリーの違いが、はっきりとしたのではないでしょうか。それぞれの特長と最適な活用方法を知ることで、チェリーを使ったスイーツ作りへの興味がさらに湧いてくるはずです。特にグリオットチェリーの「ただ甘いだけでなく、酸味と香りが組み合わさることで生まれる、記憶に残る奥深い風味」は、お菓子作りに新しい可能性をもたらしてくれるでしょう。チェリーが旬を迎える季節はもちろん、缶詰や冷凍フルーツを効果的に使うことで、一年を通してチェリーのおいしさをスイーツで味わうことができます。ぜひ、あなたの心に残るチェリーを使った特別な一品を作ってみてください。
甘果チェリーと酸果チェリーは、見た目だけで見分けられますか?
ある程度は見分けられます。甘果チェリーは、一般的に濃い赤紫色で落ち着いた色合いをしており、酸果チェリーは、より明るい赤色で、甘果チェリーより小さめのものが多い傾向があります。ただし、品種や加工の仕方によっても見た目が異なるため、完全に見た目だけで判断するのは難しい場合もあります。
お店で売られている「アメリカンチェリー」は甘果チェリーですか?酸果チェリーですか?
お店で「アメリカンチェリー」として販売されているものの多くは、甘果チェリーの一種で、特にビング種を指します。濃い紫色をしており、そのまま食べられる甘さが魅力です。また、レイニアチェリーのような黄みがかったピンク色の甘い品種もあります。酸果チェリーは酸味が強いため、生のまま店頭に並ぶことは少なく、主に加工品として流通しています。
チェリーパイ作りでサワーチェリーが重宝されるのはなぜ?
チェリーパイと言えば、サワーチェリーが定番です。その理由は、サワーチェリーならではの鮮烈な酸味と豊かな風味が、パイ生地のバターの風味や甘さと見事に調和するから。加熱によって酸味と甘みが際立ち、奥深い味わいになるため、本場アメリカのチェリーパイでもよく用いられます。
「グリオット」と呼ばれるチェリーの特徴は?
「グリオット」はフランス語でチェリーを意味し、多くの場合サワーチェリーを指します。正式には「モレロチェリー」とも呼ばれます。果肉は赤色で小ぶり、皮は柔らかく、しっかりとした酸味と芳醇な香りが特徴です。お菓子やソースに使うことで、その酸味と香りが際立ち、タルトやコンフィチュール、リキュール漬けなど、フランス菓子には欠かせない素材として幅広く使われています。
サワーチェリーを生で食べるのは美味しくない?
生のサワーチェリーは非常に酸味が強いため、そのままたくさん食べるのには適していません。しかし、その強烈な酸味と風味こそが、加工した際に真価を発揮します。砂糖と煮詰めてジャムやコンポートに、あるいはパイやタルトのフィリングとして使うことで、甘味と酸味のバランスが整い、力強く奥行きのある味わいを楽しめます。
サワーチェリー(グリオットチェリー)はジェラートにも使われる?
イタリアの伝統的なジェラートにはアマレーナチェリーがよく使われますが、サワーチェリー(グリオットチェリー)をジェラートに使うことも一般的になりつつあります。その酸味、果肉感、そして芳醇な香りが、甘いジェラートと組み合わさることで、特別なハーモニーを生み出すからです。特に、ソースとして後がけすることで、チェリーの風味や食感をより強く感じられ、奥深く、大人向けの味わいを楽しむことができます。