バレンタイン の 歴史
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バレンタイン の 歴史

毎年2月14日に訪れるバレンタインデーは、世界中で愛や感謝を表現する特別な日として深く根付いています。しかし、その由来や各国の祝い方には大きな違いがあります。特に日本では、チョコレートを贈るという独自の習慣が発展し、近年では「義理チョコ」や「友チョコ」といった多様な贈り方が生まれています。本稿では、バレンタインデーの神秘的な起源を紐解き、世界のユニークな祝い方、そして日本での普及と進化の軌跡を詳しく解説します。大切な人への想いをより深く理解するための知識を、ぜひこの記事から見つけてください。

バレンタインデーのルーツと歴史的背景

2月14日が世界的にバレンタインデーとして定着するまでの道のりは非常に古く、その起源は遠くローマ帝国時代にまで遡ると言われています。この日は本来、聖人の殉教を追悼する日であり、その背景には数々の伝説や歴史的な変化が隠されています。

聖ウァレンティヌス司祭の生涯と殉教の物語

かつてバレンタインデーは、西暦269年2月14日に処刑された司祭、ウァレンティヌス(またはヴァレンタイン、ヴァレンティノ)を記念する日とされています。当時のローマ皇帝クラウディウス2世は、若者たちが戦争に行きたがらないのは、故郷の家族や恋人との絆を断ち切りたくないからだと考え、結婚を禁止する法令を出していました。これは、兵士の士気を維持し、軍事力を強化するための一策でした。
このような状況下で、結婚もできずに戦場へと送られる若者たちを深く憐れんだキリスト教司祭のウァレンティヌスは、皇帝に知られることなく、密かに若い兵士たちの結婚式を執り行っていたのです。彼のこの行為は、愛のために命を捧げた一人の聖人の行動として、人々の心に深く刻まれました。その事実を知った皇帝はウァレンティヌスを呼び出し、二度と法に破るなと命じます。しかし、ウァレンティヌスはこれに従わず、愛の尊さを訴え、皇帝に反抗したため、最終的に捕らえられ処刑されてしまいました。
彼の処刑は269年とも273年とも言われ、正確な殉教年は不明ですが、その日、2月14日はウァレンティヌスの命日となりました。その後、ウァレンティヌスは「聖バレンタイン」として広く知られる聖人となります。後世の人々は、ヴァレンティノ司祭の勇敢な行いに深く感銘を受け、「聖バレンタイン」を恋人たちの守護聖人として祀るようになりました。彼はイタリアのテルニという町の司教を務め、同地の守護聖人にもなっています。

古代ローマの祝祭との融合

2月14日は、元々ローマにおいて女神ユーノーを祝う日でした。ユーノーは、全ての神々の女王であり、家庭と結婚を司る女神です。そしてその翌日、2月15日には、豊作を祈願する「ルペルカリア祭」が始まります。このルペルカリア祭は、冬至の頃に行われる祭りの一つで、男女の出会いを促す行事として知られていました。祭りの期間中、若い男女は別々の場所で生活していましたが、祭りの前日には女性たちが自分の名前を書いた札を桶に入れ、翌日男性たちはその桶から札を一枚引いて、祭り期間中のパートナーとなる女性を決める慣習がありました。伝えられるところによると、多くのパートナーがそのまま恋に落ち、やがて結婚に至ったとされます。
ローマでキリスト教が国教となって以降、古くからのローマの宗教行事を異教の祭典とみなし、キリスト教式の祭礼へと置き換える動きが活発化しました。初期のローマ教会は、当時の祭事から異教的な要素を排除しようと努めた痕跡が見られます。ルペルカリア祭も排除すべきと考えられましたが、単に禁止するだけでは反発を招く恐れがありました。そこで、教会はこの祭りにキリスト教的な意味合いを与える必要があったと推測されます。5世紀に入り、ローマ教皇グラシウス1世は、ルペルカリア祭の前夜である2月14日を、聖ウァレンティヌスのための祝日と定めました。
この決定は、当時人気を博していたルペルカリア祭を形式的に存続させつつ、その内容をキリスト教の教義に沿ったものへと変更する狙いがあったと考えられます。こうしてキリスト教以前から存在したルペルカリア祭は、聖ウァレンティヌスの祝日と結びつけられ、その内容がキリスト教の教義に沿ったものへと変更されたと推測されています。ただし、近年の歴史学研究では、ルペルカリア祭とバレンタインデーの直接的な連続性を疑問視する見解も有力です。
前述のくじ引きでパートナーを選ぶ慣習についても、ローマの宗教儀式が野蛮であるという印象を人々に与えるために、初期のキリスト教会によって創作された可能性も指摘されています。しかし、2月14日が女神ユーノーに捧げられた恋愛にまつわる祝祭日であったという性質が、そのまま現代の「バレンタインデー」へと受け継がれていくことになります。

中世ヨーロッパでの発展

ウァレンティヌスの殉教後、毎年2月14日はローマ市民が祈りを捧げる日として引き継がれました。さらに時代が下り、14世紀頃からは「バレンタインデー」として、恋人たちのための行事へと変化していったとされています。この時期、2月14日は古代ローマの「ルペルカリア祭」の意味合いから離れ、「バレンタイン」として恋愛に特化した日としての意義を持つようになります。特にイギリスやフランスを中心に、愛を祝う日として広がり、恋人たちが互いに贈り物を交換する習慣が定着しました。贈られるものは手紙や詩、花など様々でしたが、中でも愛のメッセージを込めた手紙は、想いを伝える上で重要な手段となりました。
ウァレンティヌスが生きた時代には異教と見なされていたキリスト教ですが、313年にはローマ帝国で公認されます。これに伴い、2月14日にはウァレンティヌスの死を追悼する行事が執り行われるようになりました。1644年にはローマ教会で彼に聖人の称号が授けられ、テルニの街の守護聖人となります。その後、彼にまつわる様々な逸話や、親が子に愛の教訓や感謝を記したノートを交換する風習などが融合し、20世紀に入ると、バレンタインデーは男女が愛を告白する日へと発展したようです。また、詩人チョーサーやシェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の冒頭(第1幕第2場)にもルペルカリア祭の情景が登場することから、当時の人々にとってこの日が特別な意味を持っていたことが伺えます。

バレンタインカードの歴史

1797年、ロンドンのある出版所が『若者のバレンタインライター』という書籍を刊行しました。この本には、若い恋人たちが利用できる感傷的な詩が多数まとめられており、バレンタインのメッセージ交換を奨励するものでした。当時は手書きのカードが一般的でしたが、1835年にはイギリス国内で6万通ものバレンタイン・カードが郵送されたとの記録があります。1840年に郵便制度が確立され、イギリスの郵便改革も始まったことで郵便料金が引き下げられ、郵送されるバレンタイン・カードの数は飛躍的に増加しました。
切手の発明からわずか1年後には40万通ものカードが郵送されるようになり、個性を多少犠牲にしてでも、より手軽にバレンタイン・カードを送る習慣が生まれました。これにより、匿名でのカード交換が初めて可能になり、それは、極端に厳格な道徳観が支配した時代において、官能的な意味合いを帯びた詩が突然登場した理由であると考えられています。19世紀以降、手書きのカードは徐々に大量生産される既製カードへと置き換えられていきました。

商業化と現代の潮流

19世紀半ばのバレンタインデーにおける商業活動は、米国で休日がさらに商業化される前触れとなりました。1868年にはイギリスのチョコレート会社「キャドバリー」が、バレンタインデー向けに、装飾が施された美しい箱にチョコレートを詰めた「ファンシーボックス」を発売しました。チョコレートが詰められた箱は、瞬く間にこの休日を象徴する贈り物となりました。これに前後して、キャドバリーはハート型のバレンタインキャンディボックスも販売しています。
これらのチョコレートボックスなどがバレンタインデーの恋人などへの贈り物として広く使われるようになり、やがてこの風習は他の地域へと伝播していきました。20世紀後半には、カードの交換に留まらず、花やアクセサリーなど、あらゆる種類の贈り物が交換されるようになりました。米国でのバレンタインデーの総支出は、歴史的なデータから一貫して増加傾向にあります。例えば、2010年には一人あたり平均110ドル弱の支出がありました。
ミレニアムの変わり目にはインターネットの人気が上昇し、新たな伝統が誕生。毎年、何百万人もの人々がデジタルツールを介してバレンタインデーの挨拶メッセージを作成・送信しています。バレンタインデーは商業化が進んだため、単なる商業的な休日だと捉える人もいる一方で、現代では、カトリック教会やプロテスタント教会において、結婚の誓いを更新する非義務的な儀式を含むバレンタインデーの礼拝も行われています。

日本におけるバレンタインデーの歴史と独自進化

日本へのバレンタインデー到来と初期の試み

バレンタインデーが日本に紹介されたのは20世紀、第二次世界大戦後の時期にあたります。具体的には1956年に初めてその姿を現し、新聞には「バレンタインセール」の広告が掲載され始めました。この頃、流通業や製菓業界は販売促進を狙ってこのイベントの普及を試みましたが、日本社会に根付くのは1970年代後半になってからです。日本のバレンタインは、宗教的な意味合いが薄く、主に商業的な狙いをもって導入された背景があります。
バレンタインデーが世の中に広まり始めたのは1956年で、実は大手百貨店が「第二次お歳暮シーズン」を創出しようと、バレンタインに目を向け始めたのがきっかけであると言います。2月は消費が落ち込む時期であったため、ここに新たな需要を生み出したいという、商売への強い意欲から日本のバレンタインデーの宣伝がスタートしたとされています。
しかし、当初の動きはチョコレートの購入を促すものではありませんでした。例えば、「大切な人に本を贈りましょう」といった提案や、「家電製品を贈りましょう」といった内容で、とにかく売れれば何でも良いという、特定の商品にこだわらない姿勢が見られました。顧客層を広くとりたいという意図もあり、贈る相手も恋人や好きな人に限定されていませんでした。各社は様々な工夫を凝らし、「バレンタインデーには○○を贈りましょう」と商機につなげようとしましたが、その試みはことごとく期待通りの成果には結びつきませんでした。

チョコレート文化の確立と企業の戦略

日本のバレンタインデーが、「女性が男性に対し、親愛の気持ちを込めてチョコレートを贈る」という「日本独自のバレンタインデー」の形式を確立したのは、1970年代後半のことでした。文化的に日本の男性には女性にプレゼントを贈る習慣があまり根付いていなかったため、女性から男性へ贈る形へと変更されたことで、徐々に人気を博したと言われています。これは、菓子メーカーの企画力、広告戦略、魅力的なキャッチコピー、宣伝方法、そしてマスコミとの連携による販売促進の成功であったと評価されています。

モロゾフによる日本初のバレンタイン提案

バレンタインデーにチョコレートを贈るというアイデアを最初に考案し、実践したとされるのは、一説には神戸の製菓会社モロゾフであると言われています。日本で初めて「バレンタインデーにチョコレートを贈る」というスタイルを提案したとされる企業の一つに、神戸の製菓会社モロゾフがあります。1931年に創業したモロゾフは、当時まだ珍しかったチョコレートを市場に提供していました。翌1932年には、創業者の知見に基づき、欧米の習慣に倣って愛する人へ贈り物をすることを提案しました。当時、モロゾフはハート型の容器に入れたチョコレートや、花束のようにチョコレートを詰めたギフトをカタログに掲載し、贈り物として提供していました。1935年2月には、英字新聞『ザ・ジャパン・アドバタイザー(The Japan Advertiser)』にモロゾフによるバレンタインチョコレート広告が掲載され、ハートボックスのチョコレートなどが描かれたデザインでした。モロゾフは太平洋戦争前の1940年2月まで毎年バレンタイン広告を掲載し、愛を伝える日の提案を行っていました。この提案は戦争によって一時中断しましたが、戦後も他の菓子メーカーと共に、バレンタインデーにチョコレートを贈る文化を根付かせようとする取り組みが続けられました。

他の製菓メーカーによる普及活動

諸説ありますが、日本でバレンタインデーが広く認知されるようになったのは、1958年頃からだと言われています。都内の百貨店で開催されたバレンタインセールで、「バレンタインにはチョコレートをプレゼントしよう」という主旨の広告やキャンペーンが展開されたことがそのきっかけでした。また、1950年代に赤いハート型の箱入りチョコレートを販売するなど、モロゾフのバレンタインデー戦略は業界から注目を集めます。1960年には森永製菓でも、マスコミを通じてバレンタイン企画を実施し、チョコレートの販売を促進しました。各企業がハート形のチョコレートを販売し始めたのもこの時期です。
当初は「チョコレートを贈る日」ではなく、「チョコレートを添えて(手紙などを)贈る日」として紹介されており、バレンタインデーに贈り物を贈るのが誰かという点でも女性に限定されていませんでした。確かに「愛の日」という側面は強調されていましたが、当時の社会通念に照らせば、お見合いによる結婚が主流で、恋愛結婚は少数派でした。さらに、結婚を前提としない恋愛や未婚の未成年者(19歳以下)は想定外であったため、製造販売業者の期待に反し、チョコレートの売上は大きく伸びませんでした。
デパート各社がバレンタインデーの普及に努めていましたが、なかなか定着せず、1968年をピークに客足は減少し、「日本での定着は難しい」との見方もあったと言います。しかし、オイルショック(1973年)に見舞われ、高度経済成長が終焉した1970年代前半頃になると、チョコレートの売上が急増しました。オイルショックによる不況にあえいでいた小売業界がより積極的にマーケティングを行ったとされ、1970年代は日本の資本主義がほぼ完成し、成熟した消費社会になった時期とも重なります。バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は、小学校高学年から高校生までの学生層から広まったという説もあります。1980年代後半頃には、夫や父親、義父に贈る主婦層にも普及しました。
大手百貨店の野望は儚くも潰えたものの、1960年代後半に中部東海地域のある小学校から、自然発生的にチョコレートを渡すという行為が始まり、それが雑誌に取り上げられて全国的に広まることになったとしています。つまり、バレンタイン・チョコとは、もともとは子供たちのお小遣いの中から始まったものだったという説です。これは、企業が莫大な広告費を投じても失敗する一方で、文化レベルにまで定着し得る可能性のあるものが、非日常的なシチュエーションと普段あまり口にしない食べ物、そして大人も子供もそれに参加して楽しめるという点にあると指摘されています。
聖バレンタイン殉教の地であるイタリア・テルニ市と神戸市は、モロゾフの活動をきっかけに交流が生まれ、1992年にはテルニ市から神戸市に「愛の像」が送られました。モロゾフは1984年にバレンタインデーのルーツを求めてテルニ市と聖バレンチノ教会を訪れています。その後も両市の交流は続き、2010年にはテルニ市からモロゾフへトロフィーが贈られました。2013年5月には阪神御影駅南側にバレンタイン広場が完成し、隣接する阪神御影南口バス停もモロゾフによってリニューアルされました。この広場にはテルニ市の地図や聖バレンチノ教会のモニュメントなどが設置され、日本のバレンタイン関連の記念広場として整備されています。

日本型バレンタインデーの特徴

日本では、意中の男性に対し、女性が自らの愛情を込めてチョコレートを贈るという独特の慣習が深く根付いています。世界的には、恋人や親しい人へ感謝や愛情を込めて贈り物をすることは一般的ですが、それがチョコレートに限定されることや、特定の日に限ったことではありません。しかし、日本のバレンタインデーにおいては、ほとんどの場合が女性から男性への贈り物であり、その品物もチョコレートに特化している点が、他国には見られない顕著な特徴と言えるでしょう。
この「日本型バレンタインデー」の主な特徴は、以下の3点に集約されます。
  • 女性から男性へチョコレートを贈るのが一般的であること
  • その目的は、愛情の告白、あるいは親愛の情を伝えること
  • 贈られる品物が、チョコレートに限定される傾向が強いこと
さらに、職場での贈答文化が盛んであることや、キリスト教の起源との直接的な結びつきがほとんど意識されていない点も、日本独自のバレンタイン文化を形成しています。ただし、2017年の調査では、本命の相手に限らず、チョコレート以外の菓子やマフラーなどを贈るケースも見られるようになりました。

多様化するバレンタインの形

今日、日本ではバレンタインデーが国民的な一大イベントとして定着しています。毎年2月14日が近づくと、街には趣向を凝らしたチョコレートやスイーツの特設売り場が設置され、様々なギフトが展開されます。社会の変遷とともに、贈られる品物はもちろんのこと、贈り物の対象となる相手も年々多様化しています。

本命チョコと義理チョコ

女性が男性にチョコレートを贈り、愛を告白するという本来の主要な目的以外にも、バレンタインの習慣は広がりを見せています。すでに交際中のカップルや夫婦間、さらには子供同士の間でも行われるようになり、憧れの人への贈り物としてだけでなく、上司や同僚、単なる友人など、恋愛感情を伴わない相手にチョコレートを贈る「義理チョコ」という文化も深く根付きました。しかし、この義理チョコは1990年代後半から衰退傾向にあり、2000年代後半から2010年代前半にかけても、その傾向は継続しているとされます。

友チョコ、自分チョコ、ファミチョコ、逆チョコ

その一方で、「恋人未満の友人」へ贈る「友チョコ」や、同性(特に女性間)で贈り合う「友チョコ」、自分へのご褒美として購入する「自己チョコ」(「ご褒美チョコ」「自分チョコ」とも呼ばれる)、家族へ贈る「ファミチョコ」といった新たなカテゴリーも登場しています。特に友チョコは2000年代初頭から広がりを見せ、バレンタイン市場を支える重要な存在となり、2000年代後半以降もその市場規模は拡大傾向にあります。加えて、男性が女性にチョコレートを贈る「逆チョコ」も出現しました。菓子業界は、バレンタインにおけるチョコレートの売上停滞に危機感を抱き、友チョコを重視したキャンペーンを展開したり、男性から女性への「逆チョコ」を推奨するなど、様々な戦略で消費を活性化させようと努めています。特にロッテは逆チョコのプロモーションに力を入れており、1960年代と同様に2000年代後半以降も大規模なキャンペーンを展開し、逆チョコ仕様の「ビックリマンチョコ」を期間限定で発売するなど、積極的に市場を盛り上げています。

推しチョコとSNS文化

今日のバレンタインは、人気アイドルやスポーツ選手、さらにはゲーム開発チームや架空のキャラクターへと贈られるチョコレートが「推しチョコ」と称されるようになりました。直接手渡すことが難しい状況でも、ファンは推しグッズとチョコレートを並べてSNSに投稿し、その喜びを分かち合う文化が浸透しています。もはやバレンタインは、恋人たちのための行事だけでなく、友情、自己肯定感、共通の趣味を楽しむ機会へと進化しています。
この季節には、チョコレートショップに特設コーナーが設けられ、商品のラインナップが格段に豊かになります。これを機に、試食を楽しむ目的や、普段手に入りにくい輸入品、高級チョコレートを自分自身へのご褒美として購入する「自分チョコ」の習慣が、2000年代に入ってから広がりを見せています。

バレンタインをめぐる社会の意識と議論

これらのバレンタインを取り巻く慣習に対し、日本人の間で抱かれる感情は多岐にわたり、近年、その意識を探るための調査が実施されています。

義理チョコに対する意識調査の結果

2016年にスマートアンサーが実施した調査によると、全年代の男性の半数以上がバレンタインチョコレートを受け取っていないことが判明しました。しかし、チョコレートをもらった男性の大部分はホワイトデーにお返しをしている実態が浮かび上がっています。義理チョコに関しては、20代から30代の男性からは比較的好意的な意見が多く寄せられたものの、年齢層が上がるにつれて不快感を示す男性が増加する傾向が見られました。これは、既婚男性であっても職場の女性へのプレゼントを半ば強制される状況にあり、本来その費用を家族サービスに使いたいと考える男性にとっては、不評の原因となっています。中には、このような義務的なイベントが無理に作られ、義理チョコの購入を強いる行為を「非人道的な卑劣な商法」とまで厳しく非難する声も上がっています。
ライフメディア社が2006年2月に実施した全国の10代から30代の女性1030名を対象とした『バレンタインデーに関する調査』では、「日頃の感謝の気持ちを表す機会」が69%と最も多く、続いて「職場の円滑化」(49%)、「楽しい」(32%)という結果が得られました。「義務的なイベント」と回答した割合は23%に留まり、この時点では女性が義理チョコに対して比較的肯定的な見方をしていたことが伺えます。ところが、翌2007年2月に同社が20歳から39歳までの会社員女性515名に行った『バレンタインデーに関する調査』では、「会社での義理チョコのやりとりは、あった方がいい」が26%に対し、「ない方がいい」が74%と、否定的な意見が圧倒的多数を占める結果となりました。この調査からは、年齢層が上がるにつれて否定的な傾向が顕著に強まることが明らかになっています。
2018年2月1日には、日本経済新聞にチョコレートブランド「ゴディバ」が「日本は、義理チョコをやめよう」というメッセージを込めた全面広告を掲載し、大きな話題を呼びました。ゴディバ・ジャパンのジェローム・シュシャン社長は、この広告について「贈る側にとって楽しいバレンタインデーであることこそが、最も肝心な点です。義務感や形式的な慣習に縛られることなく、もっと自由に、感謝や愛情を表現する日として楽しんでほしい」との考えを述べています。さらに、2021年1月にインテージ社が実施した調査では、本命チョコを準備すると答えた女性の割合が7.7%と前年から大幅に減少しました。対照的に、自分自身のためにチョコレートを用意する女性は24.6%に上り、増加傾向にあることが示されました。

職場におけるハラスメント問題

特定の性別を理由に義務を課し、本人の意思に反する行為を強いるような状況は、パワーハラスメントに該当する可能性が指摘されています。厚生労働省の指針では、環境型セクシュアルハラスメントは「労働者の意に反する性的な言動」を必須要素としており、義理チョコの強要は直接的には該当しないとされますが、職場環境を悪化させる行為として問題視されています。このハラスメントは女性だけでなく、男性も被害者になり得るという視点も提示されています。
実際に、世界最大の恋愛・結婚マッチングサイトである「マッチ・ドットコム」は、2009年2月5日付のプレスリリースで、恋愛感情を伴わない形式的な贈り物である「義理チョコ」の社内での配布を禁止する方針を発表しました。

「フラワーバレンタイン」の推進

2010年頃から、日本の生花業界(主に花小売店)は、「フラワーバレンタイン推進委員会」を立ち上げ、バレンタインデーを「男性が女性へ花を贈る日」として社会に浸透させようと努めています。この取り組みの一環として、2012年には元サッカー日本代表選手である三浦知良氏が「初代Mr.フラワーバレンタイン」に選ばれ、大きな話題となりました。

学校におけるバレンタイン規制

2012年には、兵庫県内のある中学校で、バレンタインデーのチョコレートのやり取りが「校則違反」とされ、関連するクラブ活動が活動停止処分を受けた事例が報告されました。この一件に対しては、保護者などから新聞社へ多数の抗議が寄せられ、有識者や教育関係者からは配慮に欠けるとの批判の声が多数上がりました。一方で、近年では専門家から、バレンタイン行為を環境型セクハラに該当するものとし、禁止することが妥当であるという見解も提示されています。

市場規模の変動とコロナ禍の影響

バレンタインデー関連の市場規模は、2017年をピークに縮小傾向にあります。2020年には前年比4%の増加が見られたものの、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、バレンタインデーの祝い方にも多大な影響を与えました。例えば、プロバスケットボールチームは感染防止のため、2020年10月以降、飲食物の差し入れを禁止し、2021年のバレンタインデー前にも改めて注意喚起を行いました。また、あるゲーム会社は2020年12月から本格化した在宅勤務体制と緊急事態宣言下でのチョコレートの受け取りが困難であることから、飲食物の贈り物を控えるよう呼びかけるなど、いわゆる「義理チョコ」に対する意識が薄れ、より個人的な贈り物へと変化する傾向が見られます。

ホワイトデーも広告から生まれた日本独自の習慣

3月14日に祝われるホワイトデーは、「贈り物をもらったらお返しをする」という日本人特有の文化から生まれたイベントです。これは、全国の製菓メーカーが「バレンタインデーにチョコレートをもらったなら、マシュマロやクッキーをお返ししよう」とキャンペーンを繰り広げたことから始まったとされています。ホワイトデーの起源については、福岡県の菓子店「石村萬盛堂」のキャンペーンと、「全国飴菓子工業協同組合」の構想という二つの説が注目されています。石村萬盛堂は1977年に、バレンタインデーのお礼として「マシュマロデー」を開始しました。これは同社の社長が女性雑誌の読者投稿欄を読んで着想を得たものと言われています。1979年には他の菓子店と協力し、「ホワイトデー」という名称を使用するに至りました。一方、全国飴菓子工業協同組合の主張によると、1978年6月の組合総会で「ホワイトデーキャンペーン」の実施が決定され、1980年に「愛にこたえるホワイトデー」キャンペーンが初めて開催されました。そして、翌1981年の第2回キャンペーンでは、「好きな女の子にキャンディを贈る」という趣旨に変更されました。日本で誕生したホワイトデーは、現在では中国、台湾、韓国といったアジアの国々にも広がりを見せています。

世界のバレンタイン事情:国ごとのユニークな習慣

これまでの議論からもわかるように、バレンタインデーの過ごし方は世界中で実に多様です。多くの国では、恋人や家族といった大切な人々への愛を祝う特別な日として大切にされています。

アメリカ合衆国

アメリカでは、日本の習慣とは対照的に、男性から女性へ贈り物をすることが一般的です。定番として選ばれるのは、美しい花束や魅力的なジュエリー、そして心のこもったメッセージカードなどです。バレンタインデーの夜は、多くのカップルがディナーを楽しんだり、劇場やミュージカルを鑑賞したりと、街全体が賑やかな祝祭ムードに包まれます。この時期が近づくと、お店はハート型のバルーンなどで華やかに飾り付けられ、バレンタイン仕様に変わります。また、子供たちも学校で、小さなプレゼント(例えばミニサイズのお菓子や鉛筆)と一緒にカードを贈り合う微笑ましい習慣があります。有名なチョコレートキャンディーブランド、例えばスニッカーズやスキットルズなども、この季節限定のピンク色のパッケージで登場します。

フランス

フランスにおいて、バレンタインデーは「恋人たちの日」として深く根付いており、当日は恋人同士や夫婦間で贈り物を交換して過ごします。こちらもアメリカと同様、男性が女性にプレゼントを贈るのが通例で、やはり花やカードが人気のギフトです。あるフランス人男性によると、「日本ではバレンタインといえばチョコレートを贈る日というイメージがあるが、フランスではバラの花束とロマンチックなディナーが2月14日の恋人たちの定番だと感じます」とのこと。そのため、2月14日には花屋さんが男性客で大変混雑すると言われています。

イギリス

イギリスのバレンタインデーは少し趣が異なり、秘かに想いを寄せる相手に心を伝える日として知られています。当日、相手には匿名でメッセージカードが送られ、それを受け取った側が次の行動を起こすのが習わしです。すでに恋人同士や夫婦である場合は、男性から女性へ花やお菓子などが贈られることが多いようです。実は、チョコレートを贈る習慣は19世紀後半のイギリスで始まりました。キャドバリー社の二代目社長であるリチャード・キャドバリーが、1868年に美しい絵柄の施された贈答用チョコレートボックスを発売したことが、そのきっかけとされています。

イタリア

愛の聖人ヴァレンティノにゆかりのある国イタリアでは、バレンタインデーは主に男性から女性へ思いを伝える日として根付いています。定番のプレゼントは情熱的なバラの花束で、他にも美しいアクセサリーやジュエリーを贈ったり、雰囲気の良いレストランで食事を楽しんだりするのが一般的です。この時期、多くのチョコレートショップでは、特別な赤いラッピングボックスが用意されることも珍しくありません。また、イタリアではバレンタインデーをプロポーズの機会と捉え、人生の新たな一歩を踏み出す男性も少なくないようです。モロゾフ社がその起源を探し、1984年に辿り着いたウンブリア州テルニ市は、古くから恋人たちの愛の伝説が息づく地として知られています。愛の聖ヴァレンティノが静かに眠る教会には、現在もバレンタインデーに多くの人々が訪れ、祭壇の聖人像に祈りを捧げ、愛し合う者同士が贈り物を交換し合う慣習が続いています。

ベルギー

ベルギーにおけるバレンタインデーは、日頃お世話になっている人々へ感謝の気持ちを伝える大切な日と位置付けられています。恋人や夫婦であるかに関わらず、贈り物を通じて気持ちを伝え合う習慣があります。ベルギーでも、多くの場合男性から女性へプレゼントを贈るのが一般的ですが、その品目は花束、衣服、香水など多種多様です。高級レストランでの食事も人気があり、この時期のレストランは予約でいっぱいになることも少なくありません。

スペイン

スペインでは、バレンタインデーを祝う文化はまだ広く浸透しているとは言えず、多くの人々にとってはハロウィーンと同様に「外国の祭り」という認識が強い傾向にあります。しかし、ここ10年ほどでバレンタインデーを楽しむカップルは増加しており、特にスペイン南部地域では徐々に定着しつつあるようです。バルセロナを中心とするカタルーニャ地方には、バレンタインデーと近い位置づけの「本の日」というイベントがあります。これはカタルーニャの守護聖人サン・ジョルディを祝う4月23日で、別名「愛の日」とも呼ばれています。かつては男性が家族や恋人など、周囲の全ての女性にバラを贈るのが習わしでしたが、現在では大切な人と本を贈り合うのが一般的な慣習となっています。

北欧諸国

北欧の国々では、バレンタインデーは広く祝われる行事とはなっていません。パートナーに贈り物を贈る人の割合は、男性で40%、女性で48%と比較的低い水準に留まっています。スウェーデンやエストニアでは、この日を友人に花を贈って友情を育む日と認識されている一方、フィンランドやノルウェーでは、西欧諸国と同様に愛を誓い合うロマンチックな日として捉えられています。

正教会における聖ワレンティン

聖ワレンティン(ウァレンティヌス)を崇敬する正教会が広く信仰される地域では、西洋に見られるようなバレンタインの習慣は、文化的な影響を受けるまでほとんど定着していませんでした。実際、正教会では3世紀に殉教した2人の聖職者、聖ワレンティンを記憶していますが、その記念日は2月14日ではなく、通常は7月か8月に設定されています。また、同時代に致命した別の聖ワレンティンも存在し、彼は聖職者ではなく、現在のブルガリアにあたる地域の兵士であったと伝えられています。こちらの聖ワレンティンの記念日は、4月24日(ユリウス暦を使用する正教会では5月7日にあたります)。いずれの聖ワレンティンにしても、恋人たちを結びつけるという西洋起源の習慣は、正教会では伝統的に行われることはありません。

ギリシャ

ギリシャでは、バレンタインデーが他の国々ほど大規模に祝われるイベントではありませんが、商業的な側面が強まるにつれて、その認知度や規模は少しずつ広がりを見せています。

CIS(独立国家共同体)諸国

CIS諸国においてバレンタインデーが一般的に祝われるようになったのは、ソビエト連邦の解体後、特に2000年代に入ってからだと言われています。

中国

中国では、この日は「情人節(チンレンジエ)」として知られており、男性が恋人や妻にバラの花束を贈呈し、愛を祝う特別な日です。加えて、中国の旧暦における七夕も「七夕情人節」と呼ばれ、同様に恋愛を祝う日として位置づけられています。

台湾

台湾では、恋人同士が共に過ごす大切な記念日として広く認識されており、ロマンチックなデートを楽しんだり、ホテルで特別なディナーを囲んだりするのが一般的です。近年は日本の文化の影響を受け、性別を問わず愛する人へ贈り物をすることが増えており、そのお返しとしてホワイトデー(白色情人節)も浸透しています。

韓国

韓国のバレンタインデーの習慣は日本と非常によく似ています。2月14日には女性が男性にチョコレートを贈るとともに、気持ちを告白する日とされています。そして、3月14日には男性が女性へ感謝や返礼の品を贈るホワイトデーが設けられています。さらに韓国には、4月14日に恋愛中の相手がいない男女が黒い服を着て集まる「ブラックデー」というユニークな日もあります。

ベトナム

ベトナムでは、中国と同様に男性が女性に対し愛情を尽くし、プレゼントを贈る日とされています。

サウジアラビア

サウジアラビアの人々の多くは、つい最近までバレンタインデーの存在自体を知りませんでしたが、国際的な文化の流入により、徐々にその認知度が向上しました。しかし、2004年2月、同国最高位の宗教指導者である大ムフティーが、バレンタインデーを禁止するファトワー(宗教的見解)を発表しました。彼は、「バレンタインデーは偶像崇拝を伴うキリスト教の祝祭であり、アッラーを崇拝するムスリムがこの祝祭を祝うことは許されない。神の怒りと懲罰を恐れ、この祝祭を忌み嫌い否定することがムスリムの義務である」と強く表明したのです。
このファトワーを受けて、サウジアラビアの宗教警察にあたる勧善懲悪委員会は、「バレンタインデーはイスラムの教えに反する」として本格的な取り締まりに乗り出し、店舗からバレンタインデー関連商品を撤去させるなどの措置を取りました。しかし、このような宗教的禁止措置にもかかわらず、多くの人々が依然としてバレンタインデーを祝い、多数の業者が関連商品を販売し続けるという現実がありました。2009年2月11日には、サウジアラビア国営放送で厳しい処罰を示唆する報道があり、取り締まりの過激化への懸念が高まりましたが、これは後に誤解を招く情報であり、不適切な引用であったと訂正されています。
このような経緯から、サウジアラビアではバレンタインデーは違法行為として長らく全面禁止されていましたが、2018年にはイスラム法において合法であるとの見解が出され、状況は変化しました。

まとめ

バレンタインデーのルーツが、ある司祭の殉教という厳粛な出来事に発していることに、意外性を感じるかもしれません。しかし、その後の長い年月を経て、この日は多様な形で愛や感謝を表現する文化として深く根付いてきました。聖ウァレンティヌスが抱いたであろう愛の精神は時代を超えて受け継がれ、今では恋人同士に限らず、家族や友人といった大切な人々へ感謝の気持ちや愛情を伝える貴重な機会となっています。日本では20世紀に入ってバレンタインの習慣が広まり、特にチョコレートを贈る風習が定着しました。さらに、お返しをする「ホワイトデー」という独自の文化も生まれ、日本のバレンタインを特徴づけています。現代のバレンタインは、「本命チョコ」や「義理チョコ」といった伝統的な形だけでなく、「友チョコ」「マイチョコ」「ファミチョコ」「推しチョコ」など、贈る相手や目的も非常に多様化しています。欧米諸国のバレンタインデーがそうであるように、特別な人へのロマンチックな感情だけでなく、日頃お世話になっている友人や知人へ感謝の気持ちを伝えるために、チョコレートを贈ってみてはいかがでしょうか。大切な人々との絆を深め、普段なかなか口に出せない「ありがとう」や「大好き」を伝え合う素敵な一日として、バレンタインを楽しんでみてください。

よくある質問

バレンタインデーはいつから始まったのですか?

バレンタインデーの由来は、遠く古代ローマ帝国時代にまで遡ります。この祝祭は、西暦269年2月14日にその命を捧げたと言われるキリスト教の聖職者、聖ウァレンティヌスを記念する日として幕を開けました。当初は宗教的な意味合いが強かったものの、その後14世紀頃からは、ロマンスや恋愛に深く結びついた行事へとその形を変え、発展していきました。

なぜバレンタインデーにチョコレートを贈るのですか?

バレンタインデーにチョコレートを贈るという慣習は、日本と韓国において特に顕著に見られる、非常に独特な文化です。日本では、1930年代にモロゾフをはじめとする製菓企業が広告戦略を展開し、「バレンタインデーには愛を込めてチョコレートを」と提唱したことがその始まりとされています。この動きは、多くの企業のマーケティング活動によって後押しされ、やがて国民的な習慣として根付きました。これに対し、欧米諸国などでは、チョコレートに限定されず、花束やメッセージカード、あるいは個々の相手に合わせた様々なプレゼントが交換されるのが一般的です。

日本と海外のバレンタインデーは何が違いますか?

日本と海外におけるバレンタインデーの最大の違いは、贈られるものの種類と、贈り物が交換される相手の範囲にあります。日本では、女性が男性へチョコレートを贈るのが一般的な慣例ですが、海外では男性が女性に対して花や他の贈り物をすることが多く、さらに恋人だけでなく、家族や親しい友人など、より広範な人間関係の中で贈り物が交わされます。加えて、日本には「義理チョコ」や「友チョコ」といった、独特のカテゴリーに分類されるチョコレートを贈る文化が根付いていますが、こうした細分化された習慣は、海外ではほとんど見られない特徴です。

ホワイトデーは日本独自の文化ですか?

ええ、3月14日に祝われるホワイトデーは、バレンタインデーに受け取った贈り物へのお返しを贈るという、日本で独自に発展した文化です。これは、日本の菓子メーカーが販売促進キャンペーンとして提案し、やがて国民的な習慣として根付きました。現在では、中国や韓国をはじめとするアジアの一部の国々にも広がりを見せていますが、欧米諸国にはこの習慣は基本的に存在しません。

最近の日本のバレンタインデーのトレンドは何ですか?

近年、日本のバレンタインデーは大きな変化を遂げており、従来の「本命チョコ」や「義理チョコ」だけでなく、多様な楽しみ方が生まれています。友人同士で贈り合う「友チョコ」、自分へのご褒美として購入する「自分チョコ」(マイチョコ)、家族に贈る「ファミチョコ」、さらには好きなアイドルやキャラクターへの愛を表現する「推しチョコ」といった新しいカテゴリーが登場し、人気を集めています。特に、職場で贈られる「義理チョコ」の習慣は減少傾向にあり、より個人的な感謝や愛情を表現するイベントへとその性質を変化させています。

義理チョコは職場のハラスメントになりますか?

職場における義理チョコの慣習は、贈る側、受け取る側の双方にとって心理的、経済的な負担となることが少なくありません。特に、本人の意思に反して贈答を求められるような状況は、ハラスメントとして問題視され得ます。厚生労働省の指針では、環境型セクシュアルハラスメントは「労働者の意に反する性的な言動」を必須要素としており、義理チョコの強要は直接的には該当しないとされますが、職場環境を悪化させる行為として注意が必要です。
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