日本の伝統的な和菓子である「おはぎ」と「ぼたもち」。春と秋のお彼岸には欠かせない存在ですが、その違いをご存知でしょうか?この記事では、おはぎとぼたもちの季節ごとの呼び名の違い、あんこの種類、形状、地域ごとの特徴、夏や冬の呼び方、歴史的背景を解説します。この記事を読めば、おはぎとぼたもちに関する疑問が解消し、日本の食文化を理解できるでしょう。
おはぎとぼたもちの基本的な違いと季節の呼び名
「おはぎ」と「ぼたもち」は、どちらももち米をあんこで包んだ和菓子で、材料はほぼ同じです。しかし、食べる季節によって呼び名が変わるのが特徴です。一般的に、3月の春のお彼岸に食べるものを「ぼたもち」、9月の秋のお彼岸に食べるものを「おはぎ」と呼びます。この違いは、春に咲く牡丹(ぼたん)と秋に咲く萩(はぎ)という季節の花に由来します。また、あんこの種類や形状、米のつき具合、地域によっても独自の呼び名があります。
季節による呼び名の由来と特徴
おはぎとぼたもちの呼び名は、食べる季節と、その季節を代表する花に由来します。春に食べる「ぼたもち」は、春分の日の前後3日間に食されます。名前の由来は、春に咲く大きく丸い「牡丹(ぼたん)」です。「ぼたんもち」とひらがなで書いたり、「牡丹餅」と漢字で書くこともあります。牡丹のふっくらとした丸い花の形が、あんこで包まれた餅の姿に似ていることが由来とされています。
一方、秋に食べる「おはぎ」は、秋分の日の前後3日間に食されます。名前の由来は、秋に咲く小ぶりな「萩(はぎ)」です。「はぎのもち」とも呼ばれ、「お萩」や「御萩」と漢字で書きます。萩の花は、小さなピンク色の花をたくさん咲かせ、その様子が、おはぎの表面に浮かぶ小豆の粒々とした皮を連想させることから「おはぎ」と呼ばれるようになりました。現在では、季節を問わず「おはぎ」という名称が使われることが多いですが、伝統的な背景を知ることで、より深く味わえるでしょう。
あんこの種類と形状の違い
おはぎとぼたもちは、使うあんこの種類によっても区別されることがあります。これは、小豆の収穫時期に由来するものです。春のお彼岸に食べるぼたもちには「こしあん」が使われることが多いです。かつては、小豆の収穫時期によってあんこの種類を使い分けていました。秋に収穫されたばかりの小豆は皮が柔らかいため、春のぼたもちには、こしあんが使われることが多かったようです。一方、収穫から時間が経ち、皮が硬くなった小豆は、皮ごと煮てつぶあんにして、秋のおはぎに使われていました。しかし、現代では品種改良や保存技術の向上により、季節を問わずどちらのあんこも使えるため、この区別は地域や家庭によって異なります。
また、おはぎとぼたもちは、形状にも違いがあるとされます。ぼたもちは、牡丹の花のように大きく丸い形に作られることが多く、こしあんで包まれるのが一般的です。一方、おはぎは、萩の花のように小ぶりに、俵型や丸型など様々な形で作られ、つぶあんで包まれることが多いです。ただし、この形状の違いも、現在では明確でない場合が多く、作り手や地域によって様々な形が見られます。
夏と冬を彩る異名、「夜船」と「北窓」
春に食べる「ぼたもち」、秋に食べる「おはぎ」という呼び名は広く知られていますが、実は夏と冬にも特別な名前があります。夏に食されるおはぎやぼたもちは「夜船(よふね)」、冬に味わうものは「北窓(きたまど)」と呼ばれていました。これらの名称は、春や秋のように花の名前に由来するのではなく、「餅を搗(つ)く」と「月」を掛けた言葉遊びで季節感を表現する、日本ならではの洗練された文化から生まれたものです。「つき(搗き)知らず」=「月知らず」という連想から、月が見えない夜の「夜船」、北側の窓からは月が見えにくい「北窓」という名が生まれました。このような言葉遊びは、昔の人々の豊かな感受性とユーモアを今に伝える、興味深い物語です。
地域色豊かな呼び名と米のつき加減による分類
おはぎとぼたもちは、季節による名前の違いだけでなく、地域によっても様々な呼び名が存在します。一年を通して「ぼたもち」と呼ぶ地域もあれば、「おはぎ」と総称する地域もあります。また、使用するお米の種類によって区別する地域も見られます。もち米を使ったものを「ぼたもち」、うるち米(普段食べているお米)を使ったものを「おはぎ」と呼ぶ場合などがあります。さらに、あんこで包んだものを「ぼたもち」、きな粉や、すりごま、青のりなどをまぶしたものを「おはぎ」と区別することもあります。同じお菓子に対して、これほど多様な呼び名があることは、日本の地域文化の奥深さを表していると言えるでしょう。
特に、お米のつき具合、つまり潰し加減による呼び方の違いは、一部の地域で顕著に見られます。もち米を半分程度すった状態を「半殺し」、完全にすりつぶした状態を「皆殺し(全殺し)」と表現する風習があり、この呼び名は主に東北地方、長野、新潟、群馬などの地域でよく使われるようです。この表現は、内緒話をする際に、おはぎやぼたもちに例えて隠語として使われていたという歴史も持っています。加えて、地域によっては米の潰し具合ではなく、あんこの状態によって、つぶあんを「半殺し」、こしあんを「本殺し」や「皆殺し」と呼び分けるケースも見られます。
おはぎ・ぼたもちに秘められた歴史と文化
おはぎやぼたもちは、単なる和菓子という枠を超え、古くから日本の人々に愛されてきた、奥深い歴史と文化的な意味合いを持っています。魔除けや縁起担ぎといった要素、さらにはことわざに登場するほど、生活に密着した興味深いエピソードが数多く存在します。
隠語として使われた時代も。「半殺し」「皆殺し」
おはぎとぼたもちには、「半殺し」「皆殺し」という、少し物騒な印象を受ける言葉が隠語として使われていた時代があります。この語源は、おはぎやぼたもちを作る際のもち米の「つき具合」に由来します。もち米を完全に潰さず、粒々とした食感を残した状態を「半分潰した」という意味で「半殺し」と呼び、完全にすり潰した状態を「皆殺し」と表現しました。特に東北地方や長野、新潟、群馬といった地域で、この呼び方がよく使われていたようです。
この表現が、内緒話をする際に、おはぎやぼたもちを指す隠語として使われるようになったと言われています。例えば、「半殺しにしといてくれ」と言えば、もち米を半分だけ潰したおはぎを用意してほしい、という意味合いで使われたのです。現代でも、徳島県では「はんごろし」という名前で販売されているおはぎがあり、その歴史的な背景を垣間見ることができます。
古来より伝わる魔除け・厄払いの意味合い
おはぎやぼたもちが、お彼岸の時期に欠かせない食べ物として広く親しまれている背景には、古くから小豆に宿ると考えられてきた魔除けや厄払いの力が深く関わっています。日本においては、赤色は古来より太陽や火、血といった生命の源を象徴する色とされ、邪気を払う力を持つ神聖な色として尊重されてきました。小豆の鮮やかな赤色は、まさにこの力を宿す食材とみなされ、先祖の霊に供えることで、災いを避け、悪いものを遠ざける意味があったとされています。
中国の古い薬物書には、小豆の煮汁が解毒剤として使用されたという記述があり、日本でも小豆は薬としても利用されてきました。小豆にはビタミンB1やB2、B6が多く、疲れを取り除く効果が期待されます。現代でも、お彼岸に自宅へお参りに来てくださる親戚や知人に対し、疲労回復を願うお茶菓子としてお出しすることは、古来からの意味合いに沿った温かい心遣いと言えるでしょう。
貴重な甘味としての先祖への感謝
お彼岸におはぎやぼたもちを供えるもう一つの重要な理由として、かつて砂糖が非常に貴重なものであったという歴史的な事情があります。砂糖が中国から日本に伝えられたのは奈良時代のことですが、当時の砂糖は薬としても扱われるほど貴重であり、ごく一部の限られた階級の人々しか手にすることができませんでした。そして、江戸後期になると、商業中心地である大坂(大阪)では砂糖問屋が多く見られるようになり、全国に流通されました。江戸時代も末期になると、「駄菓子」などを通じ、一般市民の間にも砂糖が少しずつ拡がり始めました。
このような時代背景から、昔は貴重であった砂糖を贅沢に使用した甘いお菓子であるおはぎやぼたもちを仏様やご先祖様にお供えすることは、最大限の敬意と感謝の気持ちを示す行為でした。現代では砂糖は容易に入手できるものとなりましたが、この習慣には、ご先祖様への深い感謝の念と供養の心が込められているのです。
まとめ
「おはぎ」と「ぼたもち」は、季節によって呼び名が変わる、日本特有の美しい和菓子です。春の牡丹にちなんだ「ぼたもち」と、秋の萩にちなんだ「おはぎ」には、それぞれあんこの種類や形状、地域ごとの様々な呼び方が存在し、夏には「夜船」、冬には「北窓」といった洒落た名称も存在します。これらの和菓子は、単なる季節の食べ物としてだけでなく、小豆が持つ魔除けの力や、かつて貴重であった砂糖への感謝、そしてご先祖様への深い供養の心が込められた、日本の文化と歴史が凝縮された存在です。おはぎ・ぼたもちの他にも、精進料理や旬の果物、五供など、様々なお供え物を通じて、日本の美しい供養の心を大切にしていきましょう。
おはぎとぼたもちに、季節ごとの別の呼び名があるって本当?
はい、その通りです。春は「ぼたもち」、秋は「おはぎ」と呼ばれるのはよく知られていますが、実は夏には「夜船(よふね)」、冬には「北窓(きたまど)」という呼び名も存在します。これらは、おはぎやぼたもちを作る際、餅を完全に搗(つ)かないこと(=「つきがない」)から、「月」という言葉を連想させ、洒落として生まれた言葉だと言われています。
おはぎ・ぼたもちが、昔、隠語として使われていたというのはどういうこと?
おはぎやぼたもちは、昔、「半殺し」「皆殺し」といった言葉の隠語として用いられていました。これは、おはぎを作る際のもち米の潰し具合に由来します。粒感を残した状態を「半殺し」、完全にすり潰した状態を「皆殺し」と表現したのです。内緒の話をする際に、おはぎやぼたもちに例えて使われたとされ、現在でも徳島県では「はんごろし」という名前で販売されているおはぎが存在するなど、その歴史的な背景をうかがい知ることができます。
お彼岸におはぎやぼたもちを供えるのに最も良い時期はいつですか?
お彼岸の期間中におはぎやぼたもちを供えるのに適したタイミングは、特に春分の日や秋分の日である「中日」です。この日は昼と夜の長さがほぼ同じになり、現世とあの世が最も近づくと考えられているため、ご先祖様への気持ちが伝わりやすいとされています。供えたおはぎやぼたもちは日持ちしないため、半日から一日を目安に、家族みんなで「お下がり」としていただくのが一般的です。













