福岡県が誇る至高のいちご「あまおう」。その名は「あかい、まるい、おおきい、うまい」という特徴を表し、その品質の高さを示しています。国内外の美食家を魅了する「いちごの王様」は、いかにして誕生し、確固たるブランドを築き上げたのでしょうか。本記事では、あまおう誕生の背景にある福岡県のいちご栽培の歴史、他の品種を圧倒する特徴、福岡県が推進した緻密なブランド戦略、海外市場での挑戦と成功、さらには育成者権の満了と商標権によるブランド保護まで、あまおうのすべてを詳細に解説します。あまおうの奥深い歴史と未来を知り、その魅力を堪能することで、「博多あまおう」の真価を深く理解していただけるでしょう。
あまおうとは?基本情報と概要
あまおうは、福岡県が独自に開発したいちごのブランドであり、品種名は「福岡S6号」です。2005年1月に品種登録され、福岡県内で急速に栽培が拡大しました。この優れた品種は、2021年に(2020年改正)種苗法に基づき「海外持ち出し制限」品種に指定され、日本の貴重な知的財産として保護されています。2023年1月19日に「福岡S6号」の育成者権は消滅しましたが、「あまおう」の名称はJA全農ふくれんが商標権を保持しており、現在も福岡県産限定のブランドとして、その地位を維持しています。
「あまおう」が意味するもの:四つの特性とブランド名
「あまおう」という名前には、その特徴を凝縮した四つの要素が含まれています。「あ」は赤い色、「ま」は丸い形、「お」は大きいサイズ、「う」は美味しい味を意味します。さらに「甘いイチゴの王様になるように」という願いが込められており、これらの言葉は品種の卓越した品質と、福岡県が目指す最高級ブランドとしての地位を象徴しています。覚えやすい名称は、消費者へのブランド認知とイメージ形成に大きく貢献しました。
あまおう誕生の軌跡と開発ストーリー
あまおうの誕生は、福岡県の長いイチゴ栽培の歴史と、既存品種の課題を克服しようとする研究者たちの情熱の結晶です。その道のりは、単なる新品種開発にとどまらず、地域経済の活性化、そして日本の農業における知的財産保護の重要性を明確に示しています。
福岡のイチゴ栽培:歴史と転換点
福岡県におけるイチゴ栽培の歴史は、明治時代の末期にまで遡ります。日本銀行総裁であった高橋是清氏がフランスから持ち帰ったイチゴの苗を東京の邸宅に植えたのが始まりとされ、その後、博多の万屋酒店の当主である境氏がその苗を譲り受け、自宅の庭で栽培を始めたことが契機となりました。大正初期には本格的な栽培が開始されましたが、第二次世界大戦中に一時中断。戦後の昭和22年になって再び栽培が再開されました。
昭和40年代に入ると、米の生産過剰が問題となり、昭和44年から米の生産調整が実施されました。この政策が、福岡県におけるイチゴ栽培の発展を大きく後押しすることになります。米作が制限される中で、農家は生活を維持するための代替作物としてイチゴに注目し、水田を利用した栽培が広がりました。これにより、福岡県は日本有数のイチゴ産地としての地位を確立しました。1920年代後半にはイチゴ栽培が始まっており、1960年代には早期栽培技術が導入され、イチゴ産地として大きく成長しました。
「博多とよのか」は、その優れた品質で全国的に高い評価を受け、福岡県がイチゴ産地として名を馳せる原動力となりました。しかし、「博多とよのか」には、栽培に手間がかかる点や、新しい品種と比較して色の付き方がやや弱いといった課題も存在しました。これらの問題を克服し、さらに優れた新品種を開発することが、福岡県の農業にとって重要な目標となりました。
新品種開発プロジェクトと「福岡S6号」の誕生
「博多とよのか」の課題を解決し、次世代を担うイチゴを開発するため、福岡県は新品種育成プロジェクトを開始しました。1996年から2000年にかけて、研究者たちは、味の良い品種、果皮の赤い品種、果実の大きな品種などを組み合わせる交配作業を根気強く続けました。この期間に育成された苗は約7000株に達し、その中から特に優れた特性を持つものが厳選されました。
その結果、食味が優れている「久留米53号」(現在の久留米研究拠点育成系統)を母親とし、果実が大きく着色が良い「92−46」(育成系統)を父親とする交配によって、1996年に「福岡S6号」が誕生しました。この「福岡S6号」は、2001年11月に品種登録を申請し、厳正な審査を経て、2005年1月に正式に品種登録されました。これが「あまおう」の始まりです。
「あまおう」命名秘話とブランド戦略
「福岡S6号」として開発されたイチゴは、その優れた特徴を消費者に分かりやすく伝えるために、魅力的な名前が必要でした。この命名プロセスは、単なる名称決定にとどまらず、後の「あまおう」ブランドを確立するための重要な戦略となりました。
名称公募と「あまおう」の選定
2002年の初出荷を前に、福岡県は新品種の名称を広く一般から募集しました。その結果、1913件もの応募があり、その中から「あまおう」という名称が選ばれました。最終候補には「つやまる」といった名前も挙がっていたようです。選定には、当時の福岡県知事であった麻生渡氏をはじめとする関係者が参加し、最終候補を5つに絞り込んだ後、麻生知事自身が「あまおう」を選んだとされています。
「あまおう」誕生秘話:名前の由来と知事の先見性
「あまおう」という名称は、そのイチゴが持つ素晴らしい特徴を表現した4つのキーワード、「あかい」「まるい」「おおきい」「うまい」の頭文字から取られています。さらに、「イチゴの王様」になるように、という生産者の願いも込められています。この名前を考案したのは、福岡県在住の一般の方でした。
当時の福岡県知事であった麻生氏は、「ひらがな表記は子供にも親しみやすい」という点と、「それぞれの文字に込められた意味を伝えれば、その特徴を理解してもらいやすい」という戦略的思考から、「あまおう」という名称を強く支持しました。これは、単に味が良いだけでなく、消費者にその魅力がダイレクトに伝わるようなブランド戦略を初期段階から見据えていたことを示しています。
品種登録と商標戦略:ブランド保護への道のり
従来の農産物では、品種名と商品名が同じであるのが一般的でした。「あまおう」は、商品名が決定する前に「福岡S6号」として品種登録を行うという、これまでにない戦略を採用しました。この方法によって、「あまおう」という名前を商標登録することが可能になり、結果としてブランドの保護と価値を高めることに成功しました。
商標権を取得したことで、品種登録の期限が切れた後も「あまおう」という名称を福岡県産のものに限定して使用することができ、ブランドイメージを維持するための確固たる基盤となりました。この先進的な戦略こそが、「博多あまおう」が今日の確固たる地位を築き上げた理由の一つと言えるでしょう。
あまおうが愛される理由:その特徴と品質
あまおうが、短い期間で市場に受け入れられ、トップブランドとしての地位を確立できた背景には、その優れた品質と、他の品種にはない際立った特徴があります。消費者だけでなく、生産者にもメリットをもたらす、あまおうの具体的な特徴を見ていきましょう。
見た目の美しさと栽培のしやすさ
あまおうの際立った特徴の一つは、その美しい外観です。他のイチゴと比較して、色の付き方が非常に良く、寒い時期でも鮮やかな赤色になります。また、果皮にはハリと光沢があり、店頭での見栄えが格段に良いのが特徴です。
さらに、あまおうは栽培においても、生産者の負担を軽減するという利点があります。従来の品種では、着色を良くするために必要だった手間のかかる作業を減らすことができるため、生産効率の向上と作業時間の短縮に貢献しています。
果実の形、大きさ、そして収穫の効率性
あまおうの果実は、「とよのか」種と比較して、より丸みを帯びた外観を持ち、表面の凹凸が少ないのが特長です。この整った美しい形状は、商品としての価値を高めています。
また、果実のサイズもあまおうの大きな魅力の一つです。平均的に「とよのか」種の約1.2倍の大きさを誇り、収穫される果実の中で20グラムを超える大粒の割合が非常に高いです。具体的には、「とよのか」種の大粒の割合が19%であるのに対し、あまおうでは35%もの大粒が収穫されます。この事実は、手作業による収穫やパック詰めの労力軽減に貢献しています。
甘さと酸味の完璧な調和が生み出す味
あまおうの味は、際立つ甘さだけでなく、酸味との絶妙なバランスによって生まれます。果汁の糖度は「とよのか」種と同等かそれ以上のレベルですが、同時に酸味も豊かなため、ただ甘いだけでなく、奥深く濃厚な味わいを堪能できます。この豊かな風味は、そのまま食べるのはもちろん、ケーキやデザートの材料としても高く評価され、幅広い用途でおいしさを発揮します。
福岡県による普及戦略と販売ルートの拡大
あまおうの成功は、単に優れた品種が開発されただけでなく、福岡県全体が一丸となってその普及と販売ルートの拡大に尽力した結果です。戦略的なアプローチと強力なサポート体制が、あまおうを日本全国、そして世界へと飛躍させました。
短期間での栽培普及と栽培技術の確立
あまおうの栽培面積は、その優れた特性が認められ、短期間で著しく増加しました。2002年の初年度にはわずか8ヘクタールだった栽培面積が、2003年には220ヘクタール、2004年には368ヘクタールへと急速に拡大し、2006年には福岡県におけるイチゴ栽培面積の実に98%にあたる383ヘクタールがあまおうの栽培に転換されました。これは、「とよのか」種からの切り替えがごく短期間で完了したことを示しています。
この急速な普及を支えたのは、新品種の普及促進と並行して、農業総合試験場、県関連機関、農業団体、JA、生産者の連携のもと、栽培試験や栽培優良事例の収集を行い、栽培技術の確立に努めたことです。これにより、あまおうの栽培技術が早期に確立され、安定した高品質な生産が実現しました。
大粒果実を活かす販売戦略と容器の進化
あまおうの魅力である大粒サイズは、従来の販売規格に適合しないという問題を引き起こしました。既存の3Lサイズ(一粒28~37グラム)を超える果実を販売するために、専用のパックやトレーを開発。これにより、あまおうの「大きさ」という特長を最大限にアピールできるようになり、消費者に直接その魅力を伝えることが可能になりました。
強力な宣伝活動と県全体のサポート体制
あまおうのブランド価値向上には、積極的なプロモーションが不可欠でした。福岡県知事が自ら陣頭指揮を執り、市場でのPR活動を展開するなど、県全体で強力な支援体制を構築しました。
ふくれんと連携し「ブランド化推進事業」を実施。テレビCM、新聞広告、雑誌掲載、プロモーションビデオ制作など、多様なメディアを活用した広報活動を展開しました。さらに、福岡県は財政面でも手厚くサポートし、2003年度には「あまおう生産・販売強化対策事業費」として4790万円、翌2004年度には「日本一奪還!あまおうブランド確立事業費」として5456万円を投入。豊富な資金を元に、あまおうのブランド確立と市場拡大を推進しました。
世界市場への挑戦と成功:あまおうの国際戦略
国内での成功に甘んじることなく、あまおうは世界市場へと進出しました。しかし、海外輸出には独自の課題があり、その克服には斬新な発想が求められました。
従来の海外市場の障壁と国産イチゴの課題
従来のアジア市場では、小ぶりで硬めの食感のアメリカ産や韓国産イチゴが主流でした。これは、日本のイチゴが一般的に柔らかく、長距離輸送中に傷みやすいという理由からです。福岡県の「とよのか」も香港に輸出されていましたが、その量は限られていました。
麻生知事の輸出に対する強い意志と高い目標設定
福岡県知事であった麻生氏は、県出身ということもあり、農産物の輸出に強い意欲を持っていました。麻生氏の指示を受け、福岡県農政部は当初、2008年度の輸出額を2億円とする目標を設定しましたが、麻生知事はこの目標を「低い」と判断し、大幅に引き上げて20億円という高い目標を設定しました。この思い切った目標設定が、県内の関係機関に新たな挑戦を促す原動力となりました。
品質保持を重視した専用輸送パックの開発
繊細な日本産のイチゴを高品質な状態で海外へ輸送するため、従来の輸送方法では課題がありました。従来のイチゴ用航空輸送パックは、複数層にイチゴパックを重ねていたため、衝撃で潰れてしまうことがありました。
この問題に対し、JA全農ふくれんは、あまおう専用の革新的な輸送パックを開発しました。このパックは、内部に特殊なマットを敷き、イチゴをハンモックのように優しく包み込む一層構造を採用し、1パック当たりの個数よりも品質維持を優先した設計となっています。これにより、輸送コストは増加したものの、香港や台湾などの海外市場へ高品質なあまおうを届けることが可能になりました。
香港・台湾市場での成功と輸出目標達成
専用輸送パックの開発と知事の強力なリーダーシップにより、あまおうは香港市場への本格的な進出を果たしました。輸送コストが加算された結果、香港でのあまおうの販売価格は1パック当たり日本円で約1500円と、国内販売価格の2倍から3倍となりました。しかし、その優れた品質と「赤い、丸い、大きい、美味い」という明確なブランドイメージが、香港の富裕層に受け入れられ、高い人気を得ました。
その後、台湾でもあまおうの販売が開始され、こちらも大きな成功を収めました。麻生知事が掲げた「輸出額20億円」の目標は、2008年度には達成できませんでしたが、その後の努力が実を結び、2016年度には24億円を達成しました。これは、あまおうが国内ブランドに留まらず、国際的な高級フルーツとしての地位を確立したことを示しています。
まとめ
博多あまおうは、その名の通り「あかい・まるい・おおきい・うまい」の頭文字を取り、福岡県で生まれたいちごです。開発には長い年月と多くの研究者の努力が費やされ、甘さと酸味のバランス、見た目の美しさ、そして日持ちの良さが追求されました。品種登録による知的財産権の保護のもと、品質が維持されています。近年では、海外への輸出も積極的に行われ、その美味しさは世界中で認められつつあります。日本が誇るブランドいちごとして、博多あまおうはこれからも進化を続け、私たちを魅了し続けるでしょう。
質問:「あまおう」という名前は、どのようにして生まれたのですか?
回答:「あまおう」という名前は、そのイチゴの魅力を凝縮した四つのキーワードから成り立っています。「あ」は赤い色、「ま」は丸い形、「お」はその大きさを、「う」は卓越した美味しさを表しています。これらの頭文字を組み合わせただけでなく、「甘いイチゴの頂点を目指す」という願いも込められています。この名前は、品種の持つ優れた特性と、福岡県がトップブランドとして確立しようとする決意を象徴しています。福岡県民からのアイデア募集を経て選ばれ、当時の福岡県知事も最終決定に関わりました。
質問:「あまおう」は、他のイチゴと比べてどのような点が優れているのですか?
回答:「あまおう」は、福岡県の代表的なイチゴ「とよのか」と比べると、実の色づきが非常に良く、真冬でも鮮やかな赤色を保ちます。果皮はピンと張りがあり、つややかな光沢を放ち、美しい丸みを帯びた形状をしています。サイズも「とよのか」より平均して大きく、特に20グラムを超える大粒の割合が非常に高いのが特徴です。甘さの度合いは「とよのか」と同程度か、それ以上ですが、程よい酸味も持ち合わせているため、味が濃く、奥深い味わいを楽しむことができます。さらに、栽培の際に「葉よけ」や「玉出し」といった手間を省けるため、農家の方々にとってもメリットが大きい品種です。
質問:「あまおう」の育成者の権利は、現在どうなっていますか?
回答:はい、「福岡S6号」(「あまおう」の品種登録名)の育成者権は、登録から20年間の保護期間満了に伴い、2023年1月19日に消滅しました。これにより、理論上は福岡県以外の地域でも「福岡S6号」を栽培し、販売することが可能となりました。ただし、「あまおう」という名称は、JA全農ふくれんが商標登録しており、福岡県以外で生産されたイチゴを「あまおう」として販売することは認められていません。この商標権によって、「あまおう」ブランドは引き続き保護され、福岡県産としての高い価値が維持されています。













