年の瀬から新春にかけて、和菓子店の店頭を飾る、白くやわらかな印象の「花びら餅」。その姿からは想像しにくいですが、お餅から顔を出すごぼうが特徴的です。意外な組み合わせながらも、その味わいは奥深く、平安時代の宮中料理に起源を持つというから驚きです。この記事では、日本の伝統菓子「花びら餅」の誕生秘話から、現代における役割、特に茶道の世界、裏千家での初釜に欠かせない存在である理由、ごぼうに込められた願い、そして上品な食べ方まで、詳しく解説します。新しい年を祝う縁起の良い和菓子を深く理解し、日本の美しい文化をより一層お楽しみください。
花びら餅とは? 新年を祝う伝統の和菓子
花びら餅は、日本古来の年中行事、中でもお正月や茶道の初釜で重要な意味を持つ特別な和菓子です。白くふっくらとした求肥で、甘く煮たごぼうと、風味豊かな味噌餡を包み込んだ独特の形が目を引き、年の暮れから新年にかけて、様々な和菓子店で見かけることができます。この時期限定で販売されることが多く、新しい年を迎える喜びを、食卓や茶席に添えてくれます。一見すると不思議な「ごぼう」と「味噌餡」の組み合わせには、古い時代から受け継がれてきた深い歴史的背景と、健康や長寿への願いが込められています。その繊細な甘さと、ごぼうの心地よい歯ごたえ、そして味噌餡のまろやかな風味が絶妙に調和し、単なるお菓子としてだけでなく、日本の豊かな文化と季節の移り変わりを感じさせてくれる存在です。
平安時代の「歯固め」の儀式が起源
花びら餅の起源には様々な説がありますが、その一つとして、平安時代の宮中で行われた新年の儀式「歯固め」に由来すると言われています。この儀式では、天皇が自身の長寿を祈り、硬いものを食して健康を願いました。具体的には、大根や猪肉、そして「押鮎(おしあゆ)」と呼ばれる鮎の塩漬けなどが用いられました。これらの食材は、その硬さから歯を丈夫にし、生命力を高めると信じられていたためです。この時代からの伝統的な食文化が、時代を経て形を変え、現代の花びら餅へと繋がる重要なルーツとなったと考えられています。
江戸時代に雑煮に見立てた菓子が誕生
時が流れ江戸時代になると、平安時代の「歯固め」の風習が庶民の間にも広まり、お正月に食されるひし形の餅や丸餅、さらに汁気のない「包み雑煮」といった要素が組み合わさり、お菓子として作られるようになりました。この頃のお菓子こそが、現代の花びら餅の原型とされており、餅、味噌、ごぼう、そしてひし餅を模したにんじんといった具材の組み合わせは、まさにお雑煮を表現したものであったと考えられ、後の花びら餅の構成に大きな影響を与えました。特に、味噌餡と餅の組み合わせは、お雑煮にルーツを持つお菓子としての特徴を色濃く反映しています。
明治期以降、裏千家の初釜菓子としての地位を確立
明治時代に入ると、花びら餅は茶道、特に裏千家の初釜に供される菓子として広く認知されるようになりました。初釜とは、新年最初の稽古であり、一年間の健康と技術向上を祈願する重要な儀式です。花びら餅はこの特別な場にふさわしい菓子として受け入れられ、茶道の精神と季節感を表現する上で欠かせない存在となりました。発祥の地である京都を中心に食されていましたが、近年はその魅力が全国に広まり、多くの地域で新年の祝い菓子として親しまれています。このように、花びら餅は単なる菓子としてだけでなく、日本の伝統行事や茶道の精神を具現化した、文化の象徴とも言えるでしょう。
長寿と家屋の安定を願う縁起物
花びら餅を特徴づける要素の一つが、餅から覗く甘く煮たごぼうです。このごぼうには深い意味があり、平安時代の「歯固め」の儀式で用いられた「押鮎」を模したものとされています。押鮎は当時、長寿を象徴する重要な食べ物でした。ごぼうは地中に深く根を張ることから、「家の土台が堅固であること」や「家の繁栄と長寿」を願う縁起の良い象徴として用いられます。おせち料理にお煮しめとしてごぼうが使われるのも、子孫繁栄や安定した生活への願いが込められているためであり、花びら餅も同様に、新年の祝福と未来への希望を託した和菓子なのです。
味噌餡との見事な調和
ごぼうが花びら餅に使われるのは、縁起物としてだけでなく、その味にも理由があります。甘く煮詰めることでごぼう特有の土臭さが抑えられ、上品な香りと心地よい食感が生まれます。この甘煮のごぼうと、まろやかな甘さの味噌餡が組み合わさることで、意外なほどの相性の良さが生まれます。ごぼうの素朴な風味と食感が、味噌餡のコクと甘さを引き立て、花びら餅全体に奥深い味わいをもたらします。一見すると意外な組み合わせですが、長い歴史の中で洗練され、多くの人々に愛される特別な味わいとなっているのです。
新年を祝う茶道の重要な行事「初釜」
初釜は、茶道において新年最初の稽古であり、参加者一同が一年間の無病息災と技術向上を祈る大切な行事です。普段の稽古とは異なり、正月らしい華やかな雰囲気の中で行われます。茶室は新年にふさわしい装飾が施され、亭主と客が共に新年の到来を喜び、茶道を通して気持ちを新たにします。花びら餅は、この初釜の席に欠かせない主菓子として提供され、新年の喜びと伝統を象徴する重要な役割を担っています。
初釜という晴れ舞台
初釜は、日頃の稽古とは異なり、より一層華やかな装いが求められる場です。格式高い着物である訪問着や付け下げ、色無地などを身にまとうのが一般的でしょう。ある年の初釜では、参加者が普段は袖を通さないような上質な着物を選び、特別な一日を彩ったそうです。しかし、初釜はお稽古の一環であるため、厳密なルールがあるわけではありません。色無地の着物でも問題はなく、参加者それぞれが新年の喜びや、稽古への新たな決意を表す装いを選びます。特別な装いは、初釜という行事の重要性を高め、参加者のモチベーション向上にも繋がります。
お茶事の趣を感じる初釜体験
先生のご自宅での稽古では、初釜がお茶事のような形式で行われることがあります。茶事とは、茶道の正式なもてなしの形式で、懐石料理から始まり、濃茶、薄茶へと続く一連の流れを体験するものです。初釜が茶事形式で行われる場合、亭主役の先生と客役の生徒が、交代で点前(お茶を点てること)や半東(お客様のお世話)を担当します。これにより、参加者は茶道の流れを実践的に学び、亭主と客の心の交流をより深く感じることができます。この形式は、茶道の奥深さや、四季折々の自然を大切にする日本の心を体感できる、貴重な機会となるでしょう。ある年の初釜では、一年ぶりに花びら餅を味わい、新たな決意を胸にした参加者がいたそうです。このような体験が、茶道へのさらなる意欲を育むことでしょう。
花びら餅の「顔」問題

初釜で供される花びら餅を前に、多くの人が頭を悩ませるのが「正面はどちらか」という問題です。一般的に、和菓子店で売られている花びら餅や、個包装された状態で見ると、外側の求肥が曲線を描いている方が左側に来るように、つまり曲線部分が正面になっていることが多いようです。この見た目の印象から、そのように判断してしまう人も少なくありませんが、茶道における正式な作法とは異なる場合があります。
裏千家の教え:「わ」を正面に
裏千家の先生に確認したところ、直線になっている「わ」の部分を正面とするのが正しい作法であると教えていただきました。その根拠として、先生が毎年参加されている裏千家家元の初釜での花びら餅の出し方が挙げられました。家元の初釜では、常に「わ」が正面で出されるとのことです。この作法には、単なる形式的な美しさだけでなく、実用的な理由も存在します。花びら餅の中に入っている味噌餡は柔らかく、求肥で包まれているとはいえ、曲線側から食べ始めると、一口で餡がこぼれてしまう可能性があるのです。しかし、「わ」を正面にすることで、開いていない側を下にして食べ始めることができ、餡がこぼれる心配が少なくなります。この細やかな配慮は、家元が伝統的な美意識に加え、お客様への心遣いや実用性を大切にしていることの表れでしょう。茶道の精神や家元の教えを重んじるならば、「わ」を正面にしていただきましょう。
体験談:初めての茶会での花びら餅
私が初めて参加した茶会で供された花びら餅も、作法にのっとり「わ」が正面を向いていました。これは個人的な体験に過ぎませんが、茶道の世界では家元の教えが尊重され、受け継がれていることを示唆しています。曲線を正面とする見解も存在しますが、茶道を学ぶ者として、伝統を重んじ、細部にまで心を配る姿勢を理解することは重要です。そうすることで、花びら餅と初釜という日本の美しい文化を、より深く味わえるようになるでしょう。
お雑煮を表現した繊細な作り
老舗和菓子店である<仙太郎>の花びら餅は、日本のお雑煮を彷彿とさせる、その繊細な構成が特徴です。伊勢丹新宿店<仙太郎>の佐藤龍治店長によれば、まず、柔らかく白いお餅を丁寧に薄く伸ばします。その上に、上品な甘さを持つ特製のみそ餡をたっぷりと乗せ、甘く煮たごぼう2本を添えて印象的な姿に仕上げます。さらに、正月に用いられる菱餅を模した人参の羊羹を重ねることで、見た目にも美しく、深い意味合いを持つ特別な一品となるのです。このお餅、みそ、ごぼう、人参の調和は、まさに「味わうお雑煮」であり、日本ならではの季節感を表現した芸術作品と言えるでしょう。
味の要となる厳選された素材
<仙太郎>の花びら餅の風味を決定づけるのは、吟味された素材への徹底的なこだわりです。みそ餡には、京都五条にある老舗<山利>の「糀みそ」を使用し、その奥深い風味と独特の香りが、花びら餅全体の味わいを高めます。さらに、白小豆餡の上品な甘さが加わることで、絶妙な風味とまろやかさを生み出し、他では味わえない洗練された甘さに仕上がります。<仙太郎>では、国産の素材を厳選し、職人が一つひとつ丁寧に手作りしています。この手作りの精神と素材への敬意こそが、特別な味を長きにわたって守り続けている理由です。
健康を願う「大福茶」との組み合わせ
<仙太郎>では、花びら餅をより一層美味しく味わうため、そしてその意味を深めるため、無病息災を願って元旦に飲む「大福茶」との組み合わせを提案しています。大福茶は、お茶屋さんによって茶葉の種類が異なりますが、新年の清らかな願いを込めていただく特別な一杯です。花びら餅と共に大福茶を味わうことで、新年の喜びを感じ、一年の健康と幸福を願う日本の伝統的な風習を、五感を通して体験できます。歴史に想いを馳せながら、由緒ある和菓子で新年を祝うという<仙太郎>の提案は、単なる商品提供を超え、豊かな文化体験を提供するものと言えるでしょう。
老舗の精神と取り組み
京都を拠点とする老舗和菓子店<仙太郎>は、その長い歴史の中で培われた伝統と、素材や製法への徹底したこだわりで知られています。同店の佐藤龍治店長自身も、新年の始まりを花びら餅と共に祝う習慣があると言い、その言葉からは、作り手としての深い愛情と誇りが感じられます。以前には、伊勢丹新宿店の甘の味/仙太郎にて、1月下旬まで花びら餅が販売されていました。(※この記事に記載されている情報は、あくまで掲載当時のものです。商品に関する情報は、予告なく変更される場合がありますのでご注意ください。)<仙太郎>の活動は、伝統的な和菓子を通じて、日本の美しい文化や四季の移ろいを現代に伝え続けるという、老舗ならではの精神を具現化していると言えるでしょう。
まとめ
花びら餅は、平安時代の宮中行事「歯固めの儀」に起源を持ち、江戸時代を経て茶道裏千家の初釜に欠かせない、新春を祝う特別な和菓子として受け継がれてきました。特に、花びら餅に用いられるごぼうには、長寿や家が堅固であることを願う意味が込められており、その独特な風味が、上品な味噌餡と見事に調和します。茶道の初釜においては、普段よりも華やかな装いで席に着き、裏千家家元では、味噌餡が着物に付かないようにとの配慮から、花びら餅の「わ」の部分を正面に向けて出すのが正式な作法とされています。また、<仙太郎>のような老舗和菓子店では、厳選された国産素材を使用し、熟練の職人による手仕事で、雑煮を模した繊細な花びら餅を作り上げています。さらに、無病息災を願う大福茶との組み合わせを提案するなど、日本の豊かな食文化と伝統を守り、次世代へと伝えています。花びら餅の歴史的な背景、文化的な意味、そして老舗和菓子店のこだわりを知ることで、この特別な和菓子をより深く理解し、新年の喜びをより一層豊かなものにできるでしょう。
花びら餅はいつ頃食べるお菓子ですか?
花びら餅は、一般的に年末から1月にかけて販売され、特に新年の祝い菓子として、また茶道における新春の行事「初釜」で用いられる伝統的な和菓子です。お正月を象徴する、縁起の良いお菓子として広く親しまれています。
花びら餅にごぼうが入っているのはなぜですか?
花びら餅にごぼうが用いられている理由は主に二つあります。一つは、平安時代の「歯固めの儀」において食された「押鮎」を模した、縁起物としての意味合いを持つためです。もう一つは、ごぼうが地中深くに根を張る様子から、「家の基礎が盤石であること」や「長寿」への願いが込められているためです。
花びら餅、その誕生秘話とは?
花びら餅の起源は、平安時代に宮中にて行われていた長寿を祈る儀式「歯固め」に遡ります。時を経て江戸時代になると、正月に用いられる菱餅や丸餅、そして汁なしの包み雑煮といった要素を一つにまとめた菓子として、広く親しまれるようになりました。さらに明治時代に入り、茶道裏千家の初釜における菓子として用いられるようになり、今日に至るまでその地位を確立しています。













